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麹で穀物のタンパク質を増やせるか|研究では米で最大2.32倍、トウモロコシで最大1.58倍
この記事について
この記事は、食品素材をつくる発酵技術の研究を紹介するものです。特定の食品や成分について、病気の予防・治療・健康の改善を示すものではありません。また、医療上の助言でもありません。体調や持病、服薬について気になることがある場合は、医師・薬剤師などの専門家にご相談ください。
この記事で紹介する方法を、家庭で試さないでください。 理由は本文で説明します。本記事の画像はAI生成のイメージであり、研究で使用された試料や特定の商品を撮影したものではありません。
麹は、米や麦などに麹菌を生やしたものです。味噌、醤油、日本酒。日本の発酵食品は、この麹に支えられています。
その麹づくりを応用して、穀物に含まれるタンパク質の総量を増やす。そんな技術が報告されています。
農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)の食品研究部門が、2025年7月31日に学術誌『npj Science of Food』で発表し、2025年8月1日にプレスリリースを公開したものです。
少し前の発表になりますが、麹の新しい使い方を示す興味深い研究なので取り上げます。
この研究条件では、米で最大2.32倍、トウモロコシで最大1.58倍まで、タンパク質の量が増えたと報告されています。
何を、どうした研究なのか
考え方は、意外なほどシンプルです。
麹づくりでは、蒸した穀物に麹菌(Aspergillus oryzae)を生やします。麹菌は、穀物のでんぷんなどを利用しながら増えていきます。
ただし、タンパク質を多く含む麹菌体を増やすための材料として見ると、穀物は窒素が不足しやすいと論文は説明しています。
穀物は乾燥重量の約80%がでんぷんで、タンパク質は5~10%ほど。一方、麹菌の細胞は乾燥重量の30~40%がタンパク質です。菌が多くのタンパク質をつくるには、その材料となる窒素が足りないという考え方です。
そこで今回の方法では、穀物に硫酸アンモニウムや尿素などの窒素源と無機塩類を加え、そこに麹菌の胞子をまきます。麹菌は窒素を取り込み、アミノ酸を合成し、自らのタンパク質をつくります。
著者はこの方法を「窒素同化固体発酵」と呼んでいます。
条件は次のとおりです。
- 原料:米、トウモロコシ(デント種)
- 加えたもの:窒素源、無機塩類、麹菌の胞子
- 培養条件:30℃で4日間、静置
論文によると、タンパク質の量はおよそ4日でほぼ頭打ちになり、硫酸アンモニウムを使用した条件では、アンモニアも4日ほどで消費されたと報告されています。
結果:米で最大2.32倍、トウモロコシで最大1.58倍
発表された数値は次のとおりです。
| 原料 | 発酵後のタンパク質含量 | 発酵前と比べた総量 |
|---|---|---|
| 米 | 12.3% | 最大2.32倍 |
| トウモロコシ | 13.2% | 最大1.58倍 |
いずれも乾燥重量あたりの値です。水分を含んだ状態で、食品100g中に同じ量が含まれるという意味ではありません。
また、論文の図4では、最終的なアミノ酸分析によるタンパク質量の評価について n=1 と記載されています。これらは複数の試料から得た平均値ではなく、特定の試験条件で得られた探索的な数値として読む必要があります。
比較のため、農研機構のプレスリリースでは日本食品標準成分表の数字も示されています。牛ばら肉は乾燥重量あたり18%、皮つきの鶏もも肉は53%とされています。
今回の培養物は、タンパク質が増えたとはいっても、現段階では肉類より含有率が低いことになります。農研機構も、培養条件をさらに検討してタンパク質含量の向上を目指すとしています。
アミノ酸の内訳も変わった
量だけでなく、アミノ酸の構成にも変化が報告されています。
穀物のタンパク質は、リジンというアミノ酸が不足しやすいことが知られています。リジンは、人や家畜が体内で必要量を合成できない必須アミノ酸のひとつです。
プレスリリースによると、麹菌による発酵後、タンパク質中のリジンの比率は米で1.4倍、トウモロコシで1.6倍になりました。
ただし、今回測られたのはアミノ酸の構成です。消化吸収性や、人が食べた場合の利用効率を調べたものではありません。タンパク質の栄養価全体が、どの程度高まったかまでは、この研究だけでは判断できません。
なぜ麹菌を選んだのか
微生物にタンパク質をつくらせる技術自体は、以前からあります。「単細胞タンパク質」や「マイコプロテイン」などと呼ばれ、さまざまな方法が研究されてきました。
ただし論文によると、その多くは液体で微生物を培養し、菌体を回収する方式です。設備や運転のための費用がかかります。
今回の方法は、麹づくりと同じように、固体の穀物上で菌を育てる発酵です。論文とプレスリリースは、高度な培養設備を必要としないことを利点として挙げています。
また、麹菌を選んだ理由として、従来の麹には日本酒、醤油、味噌などに利用されてきた長い食経験があることが挙げられています。
ただし、この食経験は、麹菌を研究に選ぶ根拠のひとつです。窒素源を添加してつくる今回の培養物について、食品としての安全性や規格への適合性まで確認されたという意味ではありません。
トウモロコシ1kgから、どれだけ取れるのか
論文には、食料問題を意識した試算も載っています。
トウモロコシを家畜の飼料として牛肉を生産する場合、飼料タンパク質から牛肉タンパク質への変換効率は、過去の報告で3~6.5%とされています。
これらの値をもとに、トウモロコシ1kgから得られる牛肉のタンパク質は、最大5.1gと試算されました。
一方、今回の窒素同化固体発酵では、トウモロコシ1kgから124gのタンパク質が得られたと報告されています。
数字だけを見ると、大きな差があります。
ただし、これは完成した食品同士を同じ条件で比較した試験ではありません。外から加えた窒素源、培養に必要な資材やエネルギー、消化吸収性、安全性、味や食感、製造コストなどを含めた総合的な比較でもありません。
したがって、「肉より24倍優れている」といった意味には受け取れません。一定の仮定にもとづく、研究上の試算です。
なぜ「タンパク質を増やす」研究が行われているのか
背景には、将来のタンパク質需要があります。
論文では、2050年に3億4,000万トン以上のタンパク質が必要になるという推計や、約2,000万トンが不足するという試算が引用されています。
また、2020年には、世界のトウモロコシ生産量の56%にあたる約6億トンが、飼料に使われたという数字も挙げられています。
家畜を介して肉をつくる過程では、飼料に含まれていたタンパク質のすべてが肉になるわけではありません。そこで、穀物から微生物の力で直接タンパク質を増やせないか、という発想が生まれます。
今回の研究は、その手段として、日本で長く使われてきた麹づくりに目を向けたことになります。
論文は、この方法でつくられた素材が肉の代替などに利用できるようになれば、タンパク質供給や環境負荷の軽減に役立つ可能性があるとも述べています。ただし、これも将来に向けた見通しであり、この研究で実証された効果ではありません。
この研究が調べていないこと
ここは、はっきり区別しておきます。
- この研究は、食品素材をつくる技術の開発と成分分析です
- 人を対象とした試験は行われていません
- 動物を対象とした給与試験も行われていません
- 論文は、飼料としての性能を正確に評価するには、今後、給与試験が必要だと明記しています
- 消化吸収性やアレルギー、長期的な安全性などは評価されていません
- 味や食感の官能評価も報告されていません
- プレスリリースにはハンバーグ状に調理した例の写真がありますが、味や商品としての完成度を評価したものではありません
- 最終的なアミノ酸分析による数値は
n=1であり、再現性の確認が今後の課題です - この素材が人の健康にどう関わるかは、本研究からは判断できません
家庭では試さないでください
この方法を家庭で再現しようとしないでください。
論文では、硫酸アンモニウムと尿素について、食品・飼料添加物への適用可能性を選定理由のひとつに挙げています。しかし、これらは家庭用の食材ではありません。
研究では、種類、純度、量、無機塩類との組み合わせ、温度などを管理したうえで使用されています。市販の肥料、工業用薬品、研究用試薬などを食品に転用してはいけません。
また、研究では純粋に培養された麹菌の胞子と、管理された条件が使われています。家庭の環境では、目的以外の微生物が増える可能性があります。
今回の培養物は、食品素材としての実用化や安全性の検討が、これから進められる段階です。
家庭で通常の麹をつくる場合も、信頼できる販売元の種麹を使い、実績のある作り方に従ってください。見慣れない色のカビや異臭などの異常があれば食べないでください。
ただし、外観やにおいだけで安全性を判断できるとは限りません。判断に迷う場合は、食べないようにしてください。
資金提供と利益相反について
論文によると、この研究は公益財団法人 東洋食品研究所の助成を一部受けて行われました。
著者は、競合する利害関係はないと申告しています。
論文の著者は農研機構の研究者1名です。共同研究先の企業についての記載はなく、プレスリリースの問い合わせ先も農研機構となっています。
台所から、この研究をどう眺めるか
この研究は、健康効果の話ではありません。
世界の人口が増え、タンパク質の需要が増していくなかで、限られた穀物からどう食べ物をつくるかという問題に、発酵技術で答えようとする研究です。
発酵を楽しむ側から見て面白いのは、麹菌の使い道が、まだ広がりうるという点です。
味噌や醤油をつくるために使われてきた菌が、穀物のタンパク質を増やす役割を担う。同じ微生物でも、条件や目的を変えると、別の可能性が見えてきます。
もうひとつ興味深いのは、長く受け継がれてきた麹の食文化が、新しい技術を考える出発点になっていることです。
ただし、日常の受け止め方としては、次のくらいが妥当でしょう。
- これは食品素材をつくる研究段階の技術であり、店頭で販売されている食品の話ではありません
- 家庭で再現しないでください。窒素源を添加する工程は、通常の麹づくりとは別のものです
- 市販の麹や種麹の楽しみ方を変える必要はありません
- 今後、安全性、再現性、味、コストなどの検証が必要です
いつもの麹が、思いがけない方向に応用されている。発酵という技術の懐の深さを感じさせる報告だと思います。
Toshiより
麹と聞くと、私はまず味噌や醤油、甘酒、日本酒を思い浮かべます。
どれも昔から日本の食卓を支えてきた身近なものです。麹菌が出す酵素によって、米のでんぷんが糖に変わり、大豆のタンパク質がうま味のもとになるアミノ酸へと分解される。発酵について学ぶほど、私たちが普段何気なく味わっているおいしさが、目に見えない微生物の働きによってつくられていることに驚かされます。
今回の研究を読んで、そんな麹菌に、まだ別の使い道が残されていたことを知りました。
穀物に窒素源を加え、麹菌自身のタンパク質を増やしていく。米では最大2.32倍、トウモロコシでは最大1.58倍になったという数字は、率直に言って印象的です。
ただ、私が面白いと感じたのは、数字の大きさだけではありません。
味噌や醤油をつくるために受け継がれてきた麹づくりの技術が、将来の食料やタンパク質不足という、まったく新しい課題に応用されようとしていることです。
古い技術と新しい課題は、反対側にあるものではないのだと思います。長く使われてきた技術だからこそ、その性質がよく知られ、別の目的にも応用できる。伝統は、昔の姿をそのまま守ることだけではなく、時代に合わせて新しい役割を見つけていくことでもあるのでしょう。
一方で、今回の研究を、そのまま「高タンパクな麹が完成した」と受け取るのは早いと思います。
報告された数値は、管理された研究条件で得られた最大値です。しかも、最終的なアミノ酸分析による評価は、論文上では n=1 とされています。人が食べた場合の消化吸収性や長期的な安全性、味や食感についても、まだ確かめられていません。
トウモロコシ1kgから、牛肉を介した場合は最大5.1g、この発酵方法では124gのタンパク質が得られたという比較も、とても目を引きます。しかし、両者は同じ条件で完成した食品を比較した数字ではありません。
発酵には、外から加える窒素源や、温度を管理するための設備とエネルギーが必要です。できあがったものの消化吸収性、保存性、安全性、おいしさも考えなければなりません。数字の差だけで「肉より優れている」と結論づけることはできないでしょう。
それでも、限られた穀物から、微生物の力でもう少し多くのタンパク質を生み出せる可能性が示されたことには、大きな意味があると思います。
人間はこれまで、穀物を直接食べるだけでなく、家畜の飼料として利用し、肉や乳などに変えてきました。それは私たちの食文化を豊かにしてきた大切な仕組みです。しかし、人口が増え、食料や環境をめぐる条件が変化していけば、これまでとは違う選択肢も必要になるかもしれません。
その選択肢の一つとして、日本で長く育てられてきた麹菌が注目されている。これは、発酵に関心を持つ者として、少し誇らしく感じる話でもあります。
ただし、この研究で行われた発酵は、家庭でつくる米麹や甘酒とは別のものです。
硫酸アンモニウムや尿素などの窒素源を、管理された条件で使用しています。論文では食品や飼料への利用可能性を踏まえて選ばれていますが、家庭用の食材ではありません。市販の肥料や薬品を使って、家庭で再現しようとしてはいけません。
「麹菌を使っているのだから、いつもの麹と同じように安全だろう」と考えるのも危険です。
長い食経験があるのは、従来の方法でつくられてきた麹です。今回のように窒素源を加えてつくった培養物については、それとは別に、原料の規格、残留成分、微生物学的な安全性、製造工程などを確認する必要があります。研究の可能性に期待することと、現在分かっている範囲を冷静に見ることは、両立させなければならないと思います。
私は、発酵に関する研究を読むとき、いつも「これは今すぐ食卓で実践できる話なのか、それとも未来の技術の話なのか」を分けて考えるようにしています。
今回の研究は、明日から食生活を変えるためのものではありません。「この麹を食べればタンパク質を効率よくとれる」という話でもありません。食品素材として利用するには、まだ多くの検証が必要です。
それでも、未来の食卓を考えるための種としては、とても興味深い研究です。
発酵は、もともと限られた食材を無駄にせず、保存し、おいしく食べるための知恵でした。冷蔵庫も精密な分析装置もなかった時代に、人々は温度や香り、色、手触りを頼りに微生物と付き合ってきました。
今回の技術も、根本にある考え方はよく似ています。手元にある穀物を、微生物の働きによって別の価値を持つものへ変える。科学的な装置や分析方法は新しくなっても、発酵の本質は変わっていないのかもしれません。
そして、食品として広く利用されるためには、効率だけでなく、おいしさも欠かせないと思います。
どれほどタンパク質を多く含んでいても、毎日の食卓で無理なく食べ続けられなければ、食品として根づくのは難しいでしょう。味、香り、食感、調理のしやすさ、価格、保存性。そのすべてがそろって、初めて新しい食文化になっていきます。
味噌や醤油も、単に栄養をとるためだけに残ってきたのではありません。おいしく、暮らしになじみ、地域や家庭の味になったからこそ、何百年も受け継がれてきました。
今回の研究で生まれた素材が、将来どのような味になり、どのような料理に使われるのか。そこまで研究が進んだときに、初めて本当の意味で「新しい麹食品」が見えてくるのだと思います。
今の段階では、期待を大きくしすぎず、研究の続きを静かに見守りたいです。
いつもの味噌汁や甘酒を楽しむことと、未来の発酵技術に関心を持つことは、別々の話ではありません。今日の食卓にある麹文化の積み重ねが、明日の技術につながっています。
昔ながらの麹が、世界の食料問題に向き合う研究の出発点になっている。その事実だけでも、発酵という営みの奥深さを十分に感じさせてくれます。
伝統とは、完成して動かなくなったものではなく、新しい問いを受け止めながら、少しずつ姿を変えていくものなのかもしれません。
麹菌がこれからどのような食べ物を生み出すのか。安全性やおいしさを丁寧に確かめながら、その歩みを見守っていきたいと思います。
出典
Mano J. “Fast and easy edible protein production by nitrogen-supplemented koji fermentation.” npj Science of Food, 2025; 9:150.(2025年7月31日公開)
https://doi.org/10.1038/s41538-025-00463-2
農研機構 プレスリリース(2025年8月1日)
「(研究成果)日本の伝統食品『麹』を応用したタンパク質増産技術の開発―穀物を発酵させることで簡便にタンパク質を倍増―」
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nfri/170262.html
※この記事は、査読付き学術誌に掲載された研究と、研究機関のプレスリリースをもとに、内容を一般向けに整理したものです。研究の解釈には限界があり、今後の検証によって理解が変わる可能性があります。
※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。