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40代の私は、食べて飲んで遊んで、体がボロボロだった。


今の自分とは正反対だった、40代より前の話だ。

20代・30代、遊び尽くした日々

20代・30代の頃の私は、とにかく遊んでいた。

仕事が終われば仲間と飲みに行く。カラオケ、夜遊び、深夜まで続く宴会。タバコは当たり前、お酒もたくさん飲んだ。睡眠は短く、食事は不規則。それが毎日の繰り返しだった。

「体に悪い」とわかっていても、やめられなかった。楽しかったし、その場の空気がそういうものだった。若さという貯金を、惜しみなく使い続けていた。

当時の食生活を思い返すと、野菜がほとんどない。焼き肉、ラーメン、揚げ物、コンビニ弁当。仕事が忙しい日は食事を抜いて、夜に一気に食べる。「食べることは楽しみ」だったが、「体を作るために食べる」という発想はゼロだった。

気づいたら、体重が80kgを超えていた

ある日、体重計に乗って愕然とした。

80kgを超えていた。20代の頃の自分とは別人のような数字だ。鏡を見ると、お腹が出て、顔もむくんでいる。「まあ、そのうち痩せるだろう」と思い続けていたが、そのうちは来なかった。

体は重く、階段を上がるだけで息が切れた。少し歩くだけで疲れる。それでも「まだ大丈夫」と言い聞かせていた。

周りの同年代も似たようなものだった。「みんなそんなもんだ」という安心感が、現実から目をそらさせていた。健康診断のたびに何かしらの数値に引っかかる。でも「今年こそ改善しよう」と思って、翌年もまた同じことを言う。その繰り返しだった。

体の変化を「老化」と片付けていた

40代になって、体の変化が明らかに増えた。

疲れが翌日に残る。肩が凝る。頭痛が増えた。睡眠が浅い。食べると胃がもたれる。でも当時の私は、それをすべて「年をとったせいだ」と片付けていた。

「40代ならみんなこんなもんだろう」と。

今思えば、それは体が出し続けていたSOSサインだった。食事・睡眠・運動のどれもが最悪だったのだから、体が悲鳴を上げるのは当然だった。でも、私はそれを「老化」という一言で済ませ、見ないふりをし続けた。

飲み会が終わった後、なぜか寂しかった

20代・30代は、飲み会や夜遊びが純粋に楽しかった。

でも40代になってから、終わった後になぜか空虚な気持ちになることが増えた。「楽しかったはずなのに、なんで満たされない感じがするんだろう」と思っていた。

今ならわかる。体が悲鳴を上げているのに、それを無視して続けることへの、体と心のズレだったのだと思う。楽しいはずのことが、だんだんしんどくなっていた。

体は正直だった

30代後半になって、体がいよいよ悲鳴を上げ始めた。

疲れが取れない。朝起きるのがつらい。胃もたれが続く。それでも病院に行くことを後回しにして、飲み続け、食べ続けた。

今思えば、体は何度もサインを送ってくれていたのだと思う。ただ、私がそれを無視し続けていただけだ。

「若い頃と同じように生きていたら、若い頃と同じように体が動く」という思い込みが、どこかにあったのだと思う。でも体は違う。使い方次第で、良くも悪くも確実に変わっていく。

仕事との関係も、体を壊していた

20代・30代、仕事も全力投球していた。

残業は当たり前。締め切り前には徹夜もした。「仕事ができる人間」でありたかったし、周りからそう見られたかった。ストレスがたまればお酒で発散する。翌朝しんどくても、気合いで乗り越える。そういう働き方が、「頑張っている」証だと思っていた。

でも今思えば、それは単なる体への無理強いだった。

デスクに長時間座り続ける。運動をしない。ストレス発散を飲食に頼る。睡眠を削る。どれも体にとっては消耗でしかない。「仕事を頑張る」ことと「体を壊す」ことが、私の中でセットになっていた。

タバコとお酒、やめられなかった理由

タバコは20歳から吸い始めた。

職場の先輩に勧められて吸い始め、いつの間にか1日1箱が習慣になった。「やめよう」と思ったことは何度もある。でもストレスがたまると吸いたくなる。飲み会の席では、周りも吸っているから自然に手が伸びる。禁煙外来にも一度行ったが、3日で挫折した。

お酒も似たようなものだった。飲まなければいられない、というわけではない。でも飲み会があれば断れない。「付き合い」という名目で、週に何度も飲んでいた。帰りが深夜になることも珍しくなかった。

どちらも「やめよう」と思いながらやめられない。その繰り返しだった。体より「その場の空気」を優先していた。

転機は、腰が壊れたことだった

本当に変わり始めたのは、腰が限界を迎えてからだ。

詳しくは次回の記事に書くが、椎間板ヘルニアで動けなくなったとき、初めて「このままではいけない」と本気で思った。痛みで起き上がれない経験をして、「体が動くことのありがたさ」をようやく実感した。

あのときの痛みは、今でも忘れない。あれがなければ、今の自分はなかった。

同年代の友人の話が、今も忘れられない

少し前に、学生時代の友人と久しぶりに会った。

昔は一緒に飲んだり遊んだりしていた仲だ。再会して驚いたのは、お互いの見た目の変わり具合だった。私は体重が落ちて、顔つきもすっきりしてきた。でも友人は、以前よりも体が重そうで、顔色もよくなかった。

「最近、膝が痛くてさ」と言っていた。「医者には運動しろって言われるんだけど、痛くて動けないんだよな」と。

「痛いから動けない」「動かないから回復しない」という悪循環。かつての私とほとんど同じだった。

何かアドバイスできれば、と思ったが、言葉を選んだ。人は、自分で気づかない限り変われない。私も、腰が本当に動かなくなるまで気づかなかった。だから、「一緒にジョギング行こうよ」とだけ言っておいた。

50代から変えても、遅くなかった

正直、変わり始めるのが遅すぎたと思っている。

でも、遅すぎたなりに変わることはできた。食生活を整えた。発酵食品を毎日食べるようになった。ジョギングを始め、体重が落ちた。タバコもやめた。50代になってからでも、体は確実に応えてくれた。

「もっと若い頃にやっておけばよかった」という後悔は、ある。でも今の自分にできることを今やる、それ以外に選択肢はない。

今、振り返って思うこと

あの頃の自分に言えることがあるとすれば、「体に貯金はきかない」ということだ。

若い頃に無茶をした分は、必ず後から体に請求が来る。私の場合は40代でヘルニア、50代手前で肺結核という形で来た。「若さ」は有限の資産だ。使い切った後に戻す方法はない。

でも、幸いなことに、体は何歳からでも変わる。遅すぎることはない。私は50代になってから食生活を整え、ジョギングを始め、発酵食品を取り入れた。それでも確実に体は変わってきている。

後悔しても仕方ない。今日の自分が、できることをするだけだ。

このブログを読んでいる人の中に、かつての私と似た生活をしている人がいるかもしれない。飲んで食べて、体を後回しにしている人。「そのうち変えよう」と思い続けている人。

その「そのうち」は、思ったより早く来ない。私は腰が本当に動かなくなるまで気づけなかった。でも、今日気づけた人は、今日から変えられる。それだけは自信を持って言える。

健康診断の数値が気になる、体が重い、疲れが取れない。そういうサインが出ているなら、それは体が「変わるタイミングですよ」と教えてくれているサインだ。先送りにせず、今日できることを一つだけやってみてほしい。私がそうであったように、一つの変化が次の変化を引き寄せてくれる。


次回:腰が限界を超えた日。椎間板ヘルニアという現実。

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。