⏱ 約7分で読めます

腰が悲鳴を上げた日。椎間板ヘルニアという現実。


30代後半のある日、腰に鋭い痛みが走った。

「また疲れからくる腰痛だろう」と思っていたが、今回は違った。痛みが引かない。立ち上がるのも、座るのもつらい。しばらく我慢していたが、日常生活に支障が出るほどになり、ようやく病院へ行った。

診断は、椎間板ヘルニアだった。

80kgを超えた体が、腰を壊した

原因は明らかだった。

体重80kg超えの体を、運動もせず支え続けてきた腰が、ついに限界を超えたのだ。椎間板ヘルニアとは、背骨の間にあるクッション(椎間板)が飛び出して神経を圧迫する病気だ。痛みだけでなく、足にしびれが出ることもある。

お医者様からはストレッチや体重管理を勧められた。「このままだと悪化しますよ」とはっきり言われた。

診察室で、レントゲン写真を見ながら説明を受けた。「ここが飛び出しています」と指さされた場所を見て、「こんなことになっていたのか」と、初めて実感した。自分の体の内側を、こんな形で見ることになるとは思ってもいなかった。

ヘルニアの痛みとはどういうものか

ヘルニアの痛みを、経験したことがない人に伝えるのは難しい。

単純な「腰痛」とは違う。神経が圧迫されているので、腰だけでなく、足の先まで痛みやしびれが走ることがある。ある動きをしたとき、電気が走るような鋭い痛みが出る。

立ち上がる、歩く、靴下を履く、くしゃみをする。日常の何気ない動作のたびに、体が緊張する。「今度は痛みが出ないだろうか」と恐る恐る動く日々が続いた。

夜も眠れない日があった。横になると腰が痛い。仰向けも横向きも、しっくりくる姿勢がない。布団の上で何度も寝返りを打ちながら、「なぜこうなってしまったのか」と考えていた。

それでも、生活は変わらなかった

情けない話だが、そのときの私はお医者様の言葉を真剣に受け止めなかった。

ストレッチはたまにやる程度。食生活も飲み会もカラオケも、以前と変わらなかった。「痛み止めを飲めばなんとかなる」という甘い考えが続いた。

まだ遊びたい気持ちが勝っていた。体の悲鳴より、その場の楽しさを選んでいた。

人間は、本当に追い詰められないと変われないものだ。

痛み止めで誤魔化すことを覚えた。飲めば動ける。動けるならいい。そういう日々が続いた。でも痛み止めは根本的な解決ではなく、体はどんどん悪化していった。

職場でも、腰が痛いことを言い訳にせず仕事を続けた。「大丈夫です」と言いながら、こっそり痛み止めを飲んでいた。周りに弱いところを見せたくなかったのだと思う。今考えると、それは強さではなく、ただの意地だった。

「腰が痛い人」として生きることへの慣れ

ヘルニアと診断されてから数年が経つと、「腰が痛いのが普通」になっていた。

痛みに慣れてしまうことの怖さを、後から思い知ることになる。「これくらいは大丈夫」という基準がどんどん下がっていく。本当に危険な状態になっても、「いつものことだ」と思ってしまう。

体の異変を異変として感じられなくなることが、一番危ない。あのときの私がまさにそうだった。

ヘルニアと仕事の両立の難しさ

ヘルニアになりながらも、仕事は続けていた。

デスクワークが中心だったが、長時間座り続けることが腰にとってよくないことはわかっていた。でも仕事をやめるわけにはいかない。だから「1時間に一度立ち上がる」「腰にクッションを当てる」「電車では必ず座る」といった工夫を続けていた。

それでも悪化は止まらなかった。

仕事のストレスが増えるたびに体が硬くなった。無理をするたびに痛みが強くなった。「仕事と体のどちらを優先するか」という問いに、私はずっと仕事を選び続けていた。それが間違いだったとわかるのは、もっと後のことだ。

数年後、ついに動けなくなった

最初にヘルニアと診断されてから、数年が経った。

相変わらず痛みと付き合いながら、生活していた。「また悪化したかな」と思いつつ、薬で誤魔化す毎日。そんなある朝、ベッドから起き上がれなくなった。

腰が、本当に動かない。

激しい痛みではなく、「動かない」という感覚だった。上半身を起こそうとしても、腰がついてこない。そのまま床に崩れ落ちた。妻を呼んで、二人がかりで何とか立ち上がろうとしたが、無理だった。

救急車を呼んだ。

入院して、初めて本気になった

救急で運ばれ、そのまま入院した。

点滴をつながれた病室のベッドで、お医者様の言葉を改めて聞いた。「このままでは腰が動かなくなります」という、あの言葉だ。

ここで詳細は書かない(別の記事で書いた)が、あの入院が、私を変えた。初めて「本気でやらなければ」と思った。痛みが、動けないという事実が、私に本当のことを教えてくれた。

腰痛を放置することのリスク

ヘルニアを放置することで、症状は確実に進行する。

最初は「腰が重い」程度だったものが、「歩くと足がしびれる」になり、「座っていられない」になり、最終的には「自力で立てない」になった。これは私が実際に経験した経緯だ。

早い段階で対処していれば、ここまでひどくならなかったかもしれない。それを思うと、「早く病院に行けばよかった」という後悔は消えない。でも後悔しても時間は戻らない。だから今、同じ状況にある人に伝えたい。腰の違和感は、早めに専門家に診てもらってほしい。

ヘルニアになりやすい人の特徴を知った

入院中に、ヘルニアについてたくさん調べた。

椎間板ヘルニアになりやすい人の特徴として、「長時間同じ姿勢で座り続ける」「運動不足」「体重過多」「喫煙」が挙げられていた。私はそのすべてに当てはまっていた。

デスクワークで長時間座る。運動は全くしない。体重80kg超え。タバコを1日1箱。まるで「ヘルニアになるために生きていた」かのような生活だった。

逆に言えば、これらを改善すれば悪化を防げるということでもある。その気づきが、生活を変えるきっかけになった。

痛みと付き合いながら学んだこと

ヘルニアの治療は、すぐに手術というわけではない。

多くの場合、まず保存療法(安静・ストレッチ・薬)で様子を見る。痛みが改善しない場合や、神経症状が強い場合に手術を検討するという流れだ。

私の場合は保存療法で進めることになった。お医者様に言われた通りのストレッチを毎日続け、体重を減らすことを目標にした。食事も見直した。揚げ物を減らし、野菜を増やす。少しずつ、少しずつ変えていった。

「急には変わらない。でも、続ければ変わる」ということを、この時期に初めて実感した。

今、ヘルニアと付き合いながら走っている

現在も、ヘルニアは完治しているわけではない。

重いものを持ったとき、急な動きをしたとき、疲れがたまったとき、腰に違和感が出ることがある。「完治した」のではなく、「うまく付き合っている」という状態だ。

でも、ジョギングを続けることで体幹が鍛えられ、腰への負担が減った。体重が落ちたことも大きかった。発酵食品を食べ続け、腸内環境が整ったことで、体全体の調子が上向いた気がする。

走るたびに、「以前より動けている」という実感がある。その積み重ねが、続けるモチベーションになっている。

ヘルニアになったことは間違いなくつらい経験だった。でもあの痛みがなければ、今の生活には行き着かなかった。そう思うと、腰に感謝する気持ちさえ湧いてくる。大げさに聞こえるかもしれないが、本当にそう思っている。

同じような腰痛・ヘルニアを抱えている人に伝えたいことがある。「痛いから動けない」と「うまく動いて体を整える」は違う。お医者様の指示のもと、適切なストレッチや体重管理を続けることで、確実に状態は変えられる。諦める必要はない。私がその証拠だ。


次回:再び病院へ。お医者様に言われた、あの一言。

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。