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お医者様に言われた一言が、私を変えた。
ヘルニアの痛みを無視し続けた結果、ある日腰が本当に動かなくなった。
自力で立ち上がれない。歩けない。救急で病院に運ばれ、そのまま入院することになった。
「このままでは、腰が動かなくなりますよ」
病室のベッドで横になりながら、お医者様の言葉を聞いた。
「このままの生活を続けていたら、腰が完全に動かなくなります。最悪の場合、手術が必要になる。今すぐ生活を変えなければいけません。」
以前も似たようなことを言われた。でも今回は違った。本当に動けない状態で、その言葉を聞いた。
頭ではなく、体で理解した。
痛みに慣れることの、本当の怖さ
思い返せば、腰の違和感は3年以上前からあった。
最初は「少し重いな」という程度だった。湿布を貼れば何とかなった。市販の痛み止めで誤魔化せた。「そのうち治るだろう」と、ずっと先送りにしてきた。
仕事が忙しかった、というのは言い訳だ。本当のことを言えば、病院に行くのが怖かった。「大したことない」と思っていたかった。悪い診断を聞くのが、嫌だった。
その結果、ある朝、ベッドから起き上がれなくなった。
妻に支えられながら、なんとか救急車を呼んだ。救急車の中で、「なぜこうなるまで放っておいたのか」と後悔した。心の中で謝り続けた。妻に、体に、今まで一緒に働いてくれた腰に。
入院してわかったこと
入院は10日間だった。
最初の数日は、ほとんど動けなかった。点滴をつながれたまま、ただ天井を見ていた。考える時間が、嫌というほどあった。
「自分の体のことを、自分が一番知らなかった」
そういう気持ちになった。毎日使っている体なのに、どこか他人のものを扱うように、雑に扱ってきた。食事も適当、運動もしない、痛みは無視。50代を目前にして、体のツケが一気に回ってきた感じだった。
同室に、70代の男性がいた。脊柱管狭窄症で入院されていた。「若いうちに体を鍛えておけばよかった」と、何度もそう言っていた。他人事とは思えなかった。今の自分が、10年後にその言葉を言っているかもしれない。
リハビリで気づいたこと
入院中、理学療法士の方にリハビリを指導してもらった。
最初は「どうせ意味がない」と半信半疑だった。でも毎日少しずつ体を動かすうちに、少しずつ動ける範囲が広がっていった。
「体は、使えば応えてくれる」
単純なことだが、実感として理解したのはこのときが初めてだった。50代になって初めて、体と真剣に向き合い始めた。
リハビリの先生に言われた言葉が、今も残っている。「痛みを我慢することと、体を大事にすることは全然違います。痛いのに無理をするのではなく、痛くならないように動くことが大事です。」
その言葉の意味が、少しずつわかってきた気がした。
退院してから考えたこと
退院の日、病院の外に出て空気を吸った。
「あたりまえに歩ける」という事実が、こんなにありがたいものだとは思わなかった。10日前まで、それが当然だと思っていた。人間はいとも簡単に、「あたりまえ」を見失う。
家に帰って、鏡を見た。顔色が悪い。体は重い。でも目は、少し変わった気がした。
「もう、同じことは繰り返さない」
その気持ちだけは、はっきりしていた。
「お金を使わない運動」を探した
退院後、何か運動を始めなければという気持ちになった。
ジムに通うお金はなかった。道具が必要な運動もハードルが高い。考えた末に思い浮かんだのが、ジョギングだった。
シューズさえあれば、どこでも、お金をかけずにできる。それがジョギングを選んだ理由だった。
ただ走るだけ。それが最初の一歩だった。
食生活を変えようと思ったのも、この入院がきっかけ
入院中、食事について真剣に考えるようになった。
病院食は薄味で、野菜が多かった。最初は物足りなく感じたが、3日目くらいから慣れてきた。「こういう食事でも、案外満足できるんだな」と思った。
それまでの食事を振り返ってみると、野菜が圧倒的に少なかった。ラーメン、丼もの、揚げ物。「うまい」ものを追いかけて、体に必要なものを後回しにしてきた。
退院後しばらくして、妻に「発酵食品を試してみたら?」と言われた。あの入院がなければ、そのアドバイスをちゃんと受け取れなかったと思う。「また何か言ってる」と流していたかもしれない。
ヘルニアで倒れたことが、食生活を見直すきっかけになった。発酵食品に興味を持つきっかけになった。ジョギングを始めるきっかけになった。
退院後の最初の1週間
退院して、家に帰った。
妻が用意してくれた夕食は、野菜の多い和食だった。「病院食を参考にしてみた」と言っていた。しみじみと、うまかった。それまでは「物足りない」と感じていたはずの薄味が、体に合っている気がした。
「食事って、こんなに大事だったのか」
入院前、食事はただのエネルギー補給だった。「腹が満たされればいい」という感覚で食べていた。脂っこいもの、味の濃いもの、早食い。体を作るために食べているという意識がなかった。
退院後、妻の料理を毎日きちんと食べるようになった。それだけで、体の調子が少し整ってきた気がした。気のせいかもしれないが、そう感じた。
体重と向き合い始めた
退院時の体重は84キロだった。
身長が172センチの私には、明らかに重すぎる。BMIは28を超えていた。これも今回の入院で初めてきちんと数字と向き合った。
お医者様に、「体重を落とすことも腰の負担を減らすことにつながります」と言われた。「10キロ落とせると、かなり違いますよ」と。
目標は10キロ減。そのためには、食事と運動の両方が必要だった。食事は妻に任せる部分が大きい。運動は、自分でやるしかない。ジョギングを始めると決めたのは、そういう背景もあった。
50代で始める健康管理に「遅い」はない
「50代になってから健康を意識しても、もう遅いんじゃないか」
入院中、正直そう思った瞬間がある。
でも、リハビリの先生に言われた言葉が頭に残っている。「体は何歳からでも変わります。筋肉は鍛えれば増えます。食生活を変えれば、腸内環境も変わります。諦めるのが一番もったいない。」
確かに20代の体には戻れない。でも、50代の今の体を、今より良くすることはできる。その言葉が、素直に刺さった。
ジョギングを始めることも、発酵食品を取り入れることも、「今からでも意味がある」と思えたのは、あの先生の言葉があったからだ。
最悪の出来事が、最高のきっかけになる
一見、最悪な出来事だったが、今から振り返れば、あの入院が自分を変えてくれた。
あの10日間がなければ、体と向き合うことはなかったと思う。発酵食品にも出会わなかった。ジョギングも始めなかった。毎日が「なんとなく」のまま続いていた。
入院前の自分に会えるなら、一言だけ言いたい。「痛みを感じたら、すぐ病院へ行け」と。
もっと早く気づけばよかった、と今でも思う。でも、あの入院がなければ、今の自分はなかったとも思う。
人生には、「ありがとう」と言いたい失敗がある。あの入院は、私にとってそういう出来事だった。
今でも年に一度、健康診断がある。数値を見るたびに、あの入院を思い出す。「あの頃よりは良くなっている」という事実が、続けるモチベーションになっている。体を大事にすることは、特別なことでも、贅沢なことでもない。これから先の自分への、一番基本的な投資だと思っている。痛みや不調を感じたら、今の私は迷わず病院へ行く。あのときの後悔を、もう一度繰り返したくないから。
あの10日間がなければ、今の私はいなかった。
※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。