⏱ 約12分で読めます

朝食ゼロ、休日だけ走る。それでも50代の体が変わった話


「このままでは、動けなくなりますよ。」

40代のある日、病院のベッドの上で医者にそう言われた。

椎間板ヘルニアだった。痛みで身動きが取れず、入院するしかなかった。その時の自分に、「56歳で休日に20km走るようになる」と言っても、絶対に信じなかったと思う。


ヘルニアが、すべての始まりだった

40代の頃、体を動かすことはほとんどなかった。仕事、酒、タバコ。気づけば体は重くなっていた。

ヘルニアになったのは、そんな生活の延長線上にある出来事だった。入院して、治療して、退院する。でも医者の言葉が頭に残り続けた。

「このままでは、動けなくなる。」

退院してから、ゆっくりとジョギングを始めた。最初は本当に短い距離だった。足が痛い。首が痛い。捻挫もした。怪我のたびに休んで、また走った。

うまくはなかった。速くもならなかった。でも、やめなかった。


走り続けたら、体が変わった

特別なことは何もしていない。走って、怪我して、休んで、また走る。それを繰り返しているうちに、気がついたら体が軽くなっていた。

体重が落ちた。疲れにくくなった。健康診断の数値が改善してきた。

「何かを変えよう」と思って変わったわけではない。ただ、続けた。それだけだった。


コロナ禍で、発酵食品と出会った

2019年、コロナ禍。外出もままならない日々の中で、家でぬか床を始めた。53〜54歳の頃だった。

きっかけは大したことではない。「家で何かできることをやろう」という、それだけだ。

ぬか漬けを漬けてみたら、思いのほかおいしかった。そこから味噌作りも始めた。大豆を煮て、麹を混ぜて、樽に仕込む。半年待つと、味噌になる。

菌が、時間をかけて食べ物を変えていく。その過程がおもしろかった。


今の生活はシンプルすぎるくらいシンプル

朝食は食べない。一日は昼から始まる。

食べるのは2食。昼と夜。毎食、必ず発酵食品を取る。

毎日食べているもの:

  • 味噌汁(自家製味噌で作る)
  • ぬか漬け(自家製ぬか床)
  • キムチまたは水キムチ(時々)
  • 納豆(時々)

サプリは飲まない。プロテインも飲まない。高価なものは何もない。

ジョギングは休日だけ。平均10km、気分が良ければ20km走る。タイムは気にしない。走れる距離を、走れるペースで走るだけだ。


朝食を食べない理由

「朝食ゼロ」というと、驚かれることがある。

「体に悪くないの?」「エネルギー不足にならない?」。そういう声はよく聞く。

私の場合は、朝食を食べないほうが体調がいい。昼からゆっくり食べ始める方が、胃腸に無理がない。これは10年以上続けてきた結果として今の形になっているので、最初から「朝食ゼロにしよう」と決めたわけではない。

食事の回数より、何を食べるかが大切だと思っている。2食でも、発酵食品をしっかり取れば体はちゃんと応えてくれる。

走る日も朝食なしで走ることが多い。最初はエネルギー切れにならないか心配だったが、10km程度なら特に問題ない。走り終えた後に昼食を食べる。その一食が特別においしい。


旅先の朝食が、一番の楽しみ

普段は朝食を食べないが、旅行に行った時だけは話が別だ。

宿の和朝食を、一品一品ちゃんと食べる。

ご飯、味噌汁、納豆、卵、ぬか漬けのおしんこ、アジの干物。これが揃っていれば、それだけで十分すぎる。

発酵食品だらけの朝ごはんを食べながら、「これ全部、菌が作ったものだな」と思う。そういう視点で食卓を見るようになったのも、ぬか床や味噌作りを始めてからだ。

旅先では特別に体を動かそうとは思わないが、朝食のためだけに宿の外を少し散歩する。その10〜15分の歩きが、また気持ちいい。


50代に「合った」生活を探してきた

40代の頃のような無理は、体が受け付けなくなってきた。

夜更かしをすると翌日に響く。食べすぎると動けなくなる。飲みすぎると頭痛が残る。若い頃は平気だったことが、少しずつ通用しなくなってきた。

「年のせい」と諦める気はない。ただ、50代の体に合った生活を、少しずつ探してきた。

朝食なし、発酵食品中心の2食、休日ジョギング。これが今の私に合っている生活だ。特別なルールを作ったわけではない。続けていたら、自然とこの形に落ち着いた。

薬に頼らない体を、菌と走って、自分で作る

医者に「動けなくなる」と言われたあの日から、ずいぶん遠くまで来た。

薬は飲んでいない。サプリも飲んでいない。特別なダイエットもしていない。

ただ、走っている。ただ、発酵食品を食べている。

地味すぎて、人に勧める気にもなれない。でも、確実に体は変わった。それだけは言える。

朝食ゼロ、休日だけ走る50代の体が変わったとすれば、その理由はきっとこのシンプルな積み重ねの中にある。

朝食なしで走れる体になるまで

朝食なしでジョギングを始めた頃、最初は少し不安だった。

「エネルギー不足で倒れないか」「血糖値が下がりすぎないか」。そういう心配があった。でも実際にやってみると、問題なかった。朝の空腹状態でも、10キロ程度なら走れる。体は脂肪をエネルギーとして使ってくれる。

「空腹で走ると脂肪が燃えやすい」という話を聞いたことがある。科学的な根拠については私には語る知識がないが、体感として「空腹の方が体が軽い」という感覚は確かにある。食後すぐに走ると胃が重く感じる。空腹で走ると体が動きやすい感じがする。

今は朝食なしで走ることが標準になった。走り終えた後に水を飲んで、昼食を食べる。その昼食に必ず発酵食品を添える。走って、食べて、整える。このサイクルが、今の週末のリズムだ。

健康診断の数値が変わった

発酵食品を始めてから1年ほどで、健康診断の数値に変化が出た。

コレステロール値が改善傾向になった。メタボリックシンドロームの判定項目がいくつかクリアされた。体重も70kg前後で安定している。

医者から言われたのは「生活習慣が良くなったんでしょう」という言葉だった。特別な指導はなかった。薬も処方されなかった。食事を少し変えて、走ることを続けた。それだけで、数値が動いた。

この体験が、今の私の自信の根拠になっている。特別なことは何もしていない。ただ続けた。それで体は変わった。

発酵食品を毎日続けるコツ

発酵食品を日々の食事に取り入れるために、特別な準備はいらない。

重要なのは、「日常の食事の中に自然に組み込む」ことだ。特別な日に特別なことをするのではなく、普通の毎日の中に組み込む。それができると、意識しなくても続けられる。

私の場合、味噌汁は毎食の定番にした。ぬか漬けは常に冷蔵庫にある。納豆は昼か夜の食事に添える。これだけで、毎日複数の発酵食品を取れる。

「腸活」とか「発酵食品」とか意識しなくても、いつの間にか食べている状態にする。そのための仕組みを、日常の中に作ることが大事だ。

56歳の体と向き合い続けること

56歳になった今、体との向き合い方が変わった。

20代、30代の頃は「体は問題なく動いて当然」という感覚があった。無理をしても、翌日には回復した。

40代後半から少しずつ変わってきた。回復が遅くなった。疲れが残るようになった。「体をいたわる」という言葉が、自分ごとになってきた。

でも体をいたわることは、縮小することではない。走れる範囲で走る。食べられる範囲でいい食事をする。睡眠を大切にする。それだけで、56歳の体は十分に応えてくれる。

医者に「動けなくなる」と言われたあの日から、ずいぶん遠くまで来た。まだまだ走れる。まだまだ変われる。そう思っている。

来年も、走っていたい

来年の今頃も、走っていたい。

57歳になっても、58歳になっても。走ることが当たり前の生活を続けていたい。

体重は今のままでいい。タイムも今のままでいい。ただ、走り続けていることが大事だ。走ることをやめた日に、何かが終わる気がする。だから走り続ける。

発酵食品も同じだ。やめる理由が思い浮かばない。続けることに意味がある。

地味で派手さのない話だが、それが今の私の生活だ。


Toshi(56歳)。発酵食品とジョギングで、薬に頼らない体を作り中。

発酵食品を始める前と後で、何が変わったか

具体的に列挙すると、こうなる。

まず食事の質が変わった。何を食べるかについて、以前より自然に気を使うようになった。「これは体にどう働くだろう」と考える習慣がついた。ただし、制限しているわけではない。好きなものを食べながら、発酵食品をプラスする感覚だ。

次に腸の調子が変わった。毎朝安定している。以前は「今日はお腹が重いな」という日が多かった。発酵食品を続けてからは、そういう日が明らかに減った。

体が軽くなった。体重が70キロ前後で安定している。40代の頃は80キロ超えだった。ジョギングの効果もあるが、食事の変化も大きいと感じている。

健康診断の数値が改善した。コレステロール、血圧、血糖値。いくつかの項目が良い方向に動いた。医者から「生活習慣が改善されましたね」と言われたが、特別なことは何もしていない。

ぬか床を始めた頃の話

コロナ禍、自宅で過ごす時間が増えた頃、ぬか床を始めた。

きっかけは些細なことだった。ネットで「ぬか漬けは腸にいい」という記事を読んだ。「だったら試してみるか」と、スーパーで市販のぬか床を買った。

最初に漬けたのはきゅうりだ。翌日食べてみた。普通のきゅうりとは全然違う味がした。酸味と旨みがある。ぬかの香りがする。「こんな味がするのか」と、素直に驚いた。

それから2、3日おきに野菜を漬けるようになった。大根、人参、なす。それぞれに違う味の変化がある。同じ野菜でも漬け時間で変わる。飽きない。

ぬか床の状態が毎日少し違う。夏は発酵が速く、冬はゆっくり。気温に合わせて漬け時間を調整する。この「微調整」が面白かった。

今では冷蔵庫で管理するタイプのぬか床を使っている。毎日かき混ぜなくていいので続けやすい。2〜3日に一度確認して、野菜を足す。それだけで、ほぼ毎日ぬか漬けが食べられる。

味噌を自分で作るようになった話

ぬか床を始めて1年後、味噌作りに挑戦した。

「自分で作れるのか」という半信半疑の気持ちがあったが、やってみると意外と単純だった。材料は大豆、麹、塩の3つだけ。大豆を煮て、潰して、麹と塩を混ぜて、容器に詰める。あとはひたすら待つ。

10ヶ月後に開けた時の感動は今でも覚えている。蓋を開けた瞬間の香り。「これ、本当に味噌だ」と思った。自分の手で作ったという実感があった。

以来、毎年2月に仕込む。今年で3回目になる。毎回少しずつ配合を変えて、自分好みの味を探している。今年の味噌がどんな仕上がりになるか、12月が楽しみだ。

味噌を自分で作ることで、スーパーの味噌売り場の見え方が変わった。あの棚に並ぶ味噌の一つ一つに、作った人の手間と時間がある。そう思うと、「どれを選ぼうか」と少し丁寧に考えるようになった。

50代の体と、これからの10年

50代は、体の変化を否応なく感じる年代だ。

老眼が進んだ。回復が遅くなった。無理が翌日に出るようになった。これらは受け入れるしかないが、「体の衰え」と「体の不調」は別物だと思っている。

衰えは止められない。でも不調は、生活習慣で大きく変えられる。走ること、発酵食品を食べること、睡眠をとること。この3つを続けることで、50代の体は想像以上に応えてくれる。

医者に「動けなくなる」と言われたあの日から、10年以上が経った。60代、70代も走っていたい。そのためには今の習慣を続けることが一番の投資だと思っている。

特別なことは何もしない。朝食なし、発酵食品を食べる、休日に走る。このシンプルな生活を、これからも続けていく。

地味な習慣が、体を作る

「何か特別なことをしているんですか」と聞かれることがある。

特別なことは何もしていない。ただ続けているだけだ。

発酵食品を毎日食べる。週末に走る。睡眠をしっかりとる。これが全部だ。サプリも薬も特別な食事法も使っていない。

地味で派手さのない話だが、体はこういう地味な積み重ねに正直に反応する。1ヶ月では変わらない。でも1年続けると変わる。10年続けると、10年前とは別の体になる。

「続けること」が一番の健康法だ。それが今の私の結論だ。

走りながら考える時間

走っている間、いろいろなことを考える。

仕事のこと、家族のこと、これからのこと。頭の中で考えが自然に整理されていく。走ることは、動く瞑想に近い感覚がある。

ただし最初の2〜3キロは体を動かすことだけに集中する。呼吸を整える。ペースを掴む。その時間を過ぎると、頭が少し自由になる。足が自動で動き始め、意識が内側に向かう。

走り終えた後の判断は、走る前より冴えている気がする。体を動かすことで脳への血流も増えるらしい。実感としても、走った後は頭がすっきりしている。

「考えすぎてドツボにはまる」という経験が誰でもあると思う。そういうときに走ると、不思議と答えが見えることがある。外に出て体を動かすことで、問題から少し距離を置ける。朝食なしで走る習慣は、体だけでなく、頭のためにもなっていると感じている。

10年後も走っていたい

57歳、58歳、60歳。節目ごとに走り続けていたい。

体が許す限り走る。無理はしない。でも、やめる理由も特にない。走ることが生活の一部になっているから、やめることの方が難しい。

発酵食品も同じだ。毎朝の味噌汁、ぬか漬け、塩麹。これらが食卓から消えることが、もう想像できない。

40代でヘルニアになり「このままでは動けなくなる」と言われた私が、56歳で休日に走り続けている。この事実が、10年後の自分への手紙になると思っている。続けることで、体は変わる。何歳からでも変えられる。

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。