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昆布を「乳酸菌+酵母」で発酵させたら、磯くささが41.5%減った。海藻発酵の新しい可能性


昆布は、日本の食卓に欠かせない食材だ。

出汁の土台として、煮物として、佃煮として——日本人は何百年も昆布を食べ続けてきた。グルタミン酸といううま味成分の宝庫であり、食物繊維やミネラルも豊富だ。

しかし、その昆布を「発酵食品」として加工しようとすると、ひとつの壁にぶつかる。海藻特有の「磯くささ」だ。

この独特の香りは、好きな人には魅力でも、製品として幅広く受け入れてもらうには課題になることがある。とくに昆布を細かく砕いた「スラリー(どろどろの液状)」にして発酵させると、この香りが際立ちやすい。

2026年2月、学術誌 International Journal of Food Microbiology に、この課題に挑んだ研究が発表された。シンガポール国立大学のChenhan Gengらの研究チームによるものだ。

鍵となったのは、乳酸菌と酵母を組み合わせて発酵させる「共発酵」 という手法だった。

「共発酵」とは何か

発酵食品の多くは、複数の微生物が関わってできあがる。

たとえば日本酒は、麹菌が米のデンプンを糖に変え、その糖を酵母がアルコールに変える。パンも、酵母と乳酸菌が一緒に働くことで、ふくらみと風味が生まれる。

このように、複数の微生物を意図的に組み合わせて発酵させることを「共発酵(co-fermentation)」と呼ぶ。

ひとつの菌だけでは出せない複雑な風味や、互いの弱点を補い合う効果が期待できる。今回の研究は、この共発酵を昆布に応用したものだ。

何を組み合わせたのか

研究チームが酵素処理した昆布(Saccharina japonica、マコンブ)のスラリーに加えたのは、次の3種類の微生物だ。

  • Lacticaseibacillus paracasei Shirota(ラクトカゼイバチルス・パラカゼイ・シロタ株)
  • Lactiplantibacillus plantarum 299v(ラクティプランティバチルス・プランタルム)
  • Pichia kluyveri(ピキア・クルイベリ)という香りをつくる酵母

前の2つは、プロバイオティクスとして研究されている乳酸菌だ。最後のPichia kluyveriは、フルーティーな香り成分(エステル類)をつくり出すことで知られる酵母で、コーヒーやワインの発酵などでも注目されている。

「健康分野で研究が進められている乳酸菌」と「良い香り成分をつくる酵母」を組み合わせる——これが今回のアイデアの核心だ。

乳酸菌と酵母が協力して発酵する「共発酵」のイメージ

結果①:菌の生存率が上がった

まず注目されたのは、プロバイオティクス菌の「生存率」だ。

一般に、プロバイオティクスは腸に届く菌数が重要と考えられているが、発酵や保存の過程で菌数が減少することもある(研究によって見解が分かれる場合もある)。

今回の研究では、特定の実験条件下において、乳酸菌を単独で発酵させた場合、菌数は 6.10〜6.40 log CFU/mL にとどまった。一方、酵母Pichia kluyveriと一緒に共発酵させると、菌数は 7.36〜7.48 log CFU/mL に達した。

log CFU/mLは菌の数を対数で表したもので、1つ違うと菌数は約10倍違う。つまり共発酵によって、生き残るプロバイオティクス菌の数が大幅に増えたことになる。

酵母が乳酸菌にとって有利な環境をつくり出し、互いに支え合う関係が生まれた可能性がある。これが「共発酵」の強みだ。

結果②:磯くささが最大41.5%減った

そしてこの研究の目玉が、香りの改善だ。

昆布スラリーの磯くささの正体は、1-オクテン-3-オン(E,Z)-2,6-ノナジエナール といった揮発性の香り成分だ。これらは海藻や魚介類の「生ぐささ」「青くささ」を生み出す物質として知られている。

本研究の条件下において、共発酵によって、これらの不快な香り成分が 最大41.5%減少 したことが報告されている。これは特定の実験条件下で確認された結果であり、あらゆる昆布や製法で同じ効果が出るとは限らない点には注意が必要だ。

なぜ減ったのか。発酵の過程で、微生物がこれらの香り成分を分解したり、別の物質に変換したりしたためと考えられる。発酵は、新しい風味を生み出すだけでなく、不要な香りを「消す」働きも持っているのだ。

結果③:フルーティーな香り成分が生成された

さらに、共発酵によって新しい香り成分も生成された。

酵母Pichia kluyveriの働きで、イソアミルアセテート などのエステル類(フルーティーな香り成分)が生成された。イソアミルアセテートは、バナナや洋ナシのような香りを持つ成分として知られている。

つまり共発酵は、本研究の条件下で「磯くささのもとになる成分を減らす」と同時に「フルーティーな香り成分を生み出す」という、香りの両面からの変化をもたらした。

引き算と足し算の両方で、昆布の風味プロファイルが大きく変わったことになる。

なぜこの研究が面白いのか

この研究の意義は、「発酵=健康」という枠を超えて、「発酵=おいしさを設計する技術」という側面を具体的に示した点にある。

発酵食品の話になると、どうしても「腸内環境に良い」「免疫に役立つ」といった健康効果に注目が集まりがちだ。しかし発酵には、もうひとつ大きな役割がある。それは、素材の味や香りを変え、保存性を高め、新しい食品をつくり出すという「ものづくり」の側面だ。

昆布のような栄養豊富な海藻を、より食べやすく、より魅力的な発酵食品に変えられれば、海藻の活用の幅は大きく広がる。日本は海藻資源に恵まれた国だ。共発酵という技術は、その資源を新しい形で生かす可能性を秘めている。

発酵という「設計」の奥深さ

私がこの研究で改めて感じるのは、発酵が単なる「菌まかせ」ではなく、緻密に設計できる技術だということだ。

どの菌とどの菌を組み合わせるか。その順番やタイミング、環境をどう整えるか。その設計次第で、生き残る菌の数も、生まれる香りも、消える香りも変わってくる。

味噌・醤油・日本酒といった日本の伝統的な発酵食品も、職人たちが長い年月をかけて、こうした「組み合わせの妙」を経験的に磨き上げてきたものだ。今回の昆布の研究は、その伝統的な知恵を、現代の微生物科学が改めて裏付け、さらに前へ進めようとしているように見える。

もちろん、これは研究段階の成果であり、すぐに市販の昆布発酵食品が登場するわけではない。しかし「海藻を発酵でおいしくする」という方向性は、日本の食文化との相性がとても良い。これからの発酵食品の広がりを感じさせる、明るいニュースだと思う。

昆布・わかめ・海苔などの海藻と発酵海藻ペースト。海藻発酵は新しい食の可能性を秘めている


発酵は、健康をつくるだけではない。くささを消し、香りを足し、素材を新しい食べ物に変えていく。それは、目に見えない職人の仕事だ。


Toshiより

昆布を発酵させる——その発想自体は決して新しいものではない。しかし今回の研究を読んで感じたのは、「発酵はここまで意図的に設計できるのか」という驚きだった。

昆布は、日本の食文化において特別な存在だ。出汁として料理の土台を支え、煮物や佃煮として日常に溶け込んでいる。グルタミン酸といううま味の核を持ち、栄養価も高い。にもかかわらず、その昆布を発酵食品として展開しようとすると、一つの壁にぶつかる。それが「磯くささ」だ。

この香りは、好きな人にとっては魅力でもあるが、商品として広く届けるにはハードルになる。特にスラリー状にして発酵させると、この香りはより強く立ち上がる。現場でも同じだ。魚介や海藻の香りは、ほんの少しの差で「旨さ」にも「くささ」にも転ぶ。この境界線をどう扱うかは、料理人にとって極めて重要なテーマだ。

今回の研究が面白いのは、この課題に対して真正面から取り組んでいる点だ。しかも方法はシンプルでありながら本質的だ。乳酸菌と酵母を組み合わせる「共発酵」。このアプローチによって、香りの問題だけでなく、菌の生存率という機能面まで同時に改善している。

単独の乳酸菌ではなく、そこに酵母を加えることで環境が変わる。結果として、菌はより多く生き残り、同時に香りのプロファイルも変化する。この「一つの操作で複数の価値が変わる」という構造に、発酵の本質を見た気がした。

特に印象的だったのは、磯くささの原因となる成分が減少し、新たにフルーティーな香りが生まれたという点だ。これは単なる改善ではない。引き算と足し算が同時に起きている。料理の世界で言えば、不要な要素を削ぎ落としながら、新しい香りを重ねていく作業に近い。

つまり発酵は、ただ保存性を高める技術でも、健康価値を付与する手段でもない。素材の香りや味を再構築する「編集技術」だと言える。

ここで強く感じたのは、「発酵は偶然ではなく設計できる」ということだ。どの菌を使うのか。どう組み合わせるのか。どのタイミングで、どの環境に置くのか。その積み重ねによって、最終的な味も香りも大きく変わる。

日本の伝統発酵も、本質的には同じことをやってきたはずだ。味噌や醤油、日本酒。これらはすべて、長い時間をかけて最適な組み合わせと環境を見つけてきた結果だ。今回の研究は、それを科学的に再解釈し、さらに応用の幅を広げているように感じる。

現場の視点で見ると、この考え方は非常に応用範囲が広い。例えば、昆布の発酵ペーストをベースにしたソース。あるいは、魚介の下処理に使う発酵液。磯くささを抑えつつ、香りに奥行きを持たせることができれば、これまで扱いづらかった食材の可能性が一気に広がる。

さらに、お客様への価値提供という観点でも面白い。単に「美味しい」だけでなく、「なぜこの香りなのか」「どんな設計がされているのか」を伝えることで、体験としての深みが増す。今の時代、お客様は味だけでなく背景やストーリーにも価値を感じる。その意味で、このような発酵技術は非常に相性が良い。

また、今回の研究はプロバイオティクスという側面も持っている。一般に、菌の数や状態は品質に影響すると考えられており、共発酵によってその点にも変化が見られたことは興味深い。ただし、ここで重要なのは、健康効果を過度に強調するのではなく、「微生物の働きによって食品の質がどう変わるか」という視点で捉えることだと思う。

発酵はあくまで「食品をより良くする手段」であり、その結果として多面的な価値が生まれる。そう捉える方が、現場にもお客様にも誠実だ。

今回の研究を通して改めて感じたのは、昆布という素材がまだまだ進化の余地を持っているということだ。長い歴史の中で完成されているように見える食材でも、視点を変えれば新しい可能性が見えてくる。

発酵は、その可能性を引き出すための強力なツールだ。くささを消し、香りを足し、価値を再構築する。そのプロセスは、目に見えないが確実に結果として現れる。

現場に立つ人間として、この「設計としての発酵」という考え方は、これからますます重要になると感じている。経験や感覚に加えて、こうした知見をどう取り入れていくか。それによって、料理の表現も、お客様への提供価値も、さらに深くなるはずだ。

昆布は、まだ変わる。 そして発酵は、その変化を導く技術だ。

この研究は、その未来を静かに示しているように感じた。

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。