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世界の発酵食品の「微生物カタログ」ができつつある。新データベース「MiFoDB」が開く研究の扉


味噌、醤油、キムチ、チーズ、ヨーグルト、パン——。

世界中には、数え切れないほどの発酵食品がある。そして、そのどれもが、微生物の働きによって生まれている。乳酸菌、酵母、カビ……。多くの発酵食品では、こうした微生物が複雑に関わり合い、風味や保存性をつくり出している。

しかし、意外に思われるかもしれないが、発酵食品の中にいる微生物の全体像は、まだ多くが解明されていない。「なんとなく乳酸菌がいる」ことは分かっても、「どの菌株が、どれくらい、どんな働きをしているか」を細かく調べるのは、実はとても難しい。

2025年9月、米国微生物学会の学術誌 mSystems に、この課題に挑む新しいツールを紹介するコメンタリー(解説記事)が掲載された(論文タイトル:“Rediscovering the wild: MiFoDB brings fermented food microbiomes into focus”、DOI: 10.1128/msystems.00599-25)。

紹介されているのは、「MiFoDB」という、発酵食品の微生物を解析するための参照データベースを含む解析ワークフローだ。今回は、この研究の最前線をのぞいてみたい。

なお、この記事は微生物の「研究手法・データベース」に関する話題であり、特定の食品の健康効果を紹介するものではない。発酵食品の科学が、どう進んでいるのかを知るための記事として読んでいただきたい。

発酵食品の微生物を調べる難しさ

まず、発酵食品の微生物を調べる難しさから説明したい。

これまで、食品や環境の微生物を調べるときには、「16S rRNA解析」や「ITS解析」といった手法がよく使われてきた。これは、微生物が共通して持つ特定の遺伝子の一部を読み取って、どんな菌がいるかを推定する方法だ。

この方法は便利だが、限界もある。コメンタリーによれば、これらの手法では「属レベルの解像度」にとどまることが多い。「属」とは、生き物の分類の単位のひとつで、たとえば「ラクトバチルス属」といった大きなくくりだ。

しかし発酵食品では、同じ属の中でも、菌株(もっと細かい単位)によって働きが大きく違うことがある。「どの属の菌がいるか」だけでなく、「どの菌株が、どんな遺伝子を持ち、何をつくっているか」まで分からないと、発酵の本当の姿は見えてこない。

MiFoDBがもたらす「菌株レベル」の解像度

そこで登場するのが、MiFoDBだ。

コメンタリーによれば、MiFoDBはメタゲノミクス(食品中のDNAをまとめて読み取る手法)のワークフローであり、次のようなことを可能にするという。

  • 菌株レベルの解像度:属よりもっと細かい単位で微生物を見分けられる
  • 機能遺伝子の注釈:その菌がどんな働きの遺伝子を持っているかを調べられる
  • 基質と時間経過での微生物追跡:発酵の材料や、時間とともに微生物がどう変化するかを追える

MiFoDBの土台になっているのは、3,000以上のゲノムを収めた参照データベースだ。発酵食品に関わる微生物に特化して、機能遺伝子を注釈できるように設計されている。既知の微生物に照合するだけでなく、未解明の微生物を含む可能性のあるデータも扱えるよう設計されているという。

これによって、「発酵食品の中に何がいるか」だけでなく、「その菌が何をしているか」まで、かなり細かく調べられるようになる。発酵という複雑な現象を、より高い解像度で見るための道具だといえる。

カラフルな菌のコロニーを解析する――発酵食品の微生物研究の現場

「香り」や「成分」の遺伝子まで見える

MiFoDBの面白さを示す具体例として、コメンタリーはいくつかの物質に関わる遺伝子の同定を紹介している。

ひとつは「ヒスタミン」に関わる遺伝子だ。ヒスタミンは、一部の発酵食品や熟成食品に含まれることがある成分で、食品の品質管理の観点から注目されることがある。どの菌がヒスタミンに関わる遺伝子を持つかを調べられれば、発酵の管理に役立つ可能性がある。

もうひとつは「エチルマルトール」に関わる遺伝子だ。エチルマルトールは、キャラメルのような甘く香ばしい香りを持つ成分として知られている。発酵の中で、どの菌がこうした香り成分に関わるのかが分かれば、風味づくりの理解が深まる。

このように、MiFoDBを使えば、発酵食品の香りや成分に関わる微生物の遺伝子を推定できるようになる。発酵食品を、分子や遺伝子のレベルで読み解く時代が近づいているのだ。

なぜ「データベース」が大切なのか

ところで、なぜこうしたデータベースが重要なのだろうか。

科学の研究では、一つのチームが調べられることには限りがある。しかし、世界中の研究者が同じ「参照データベース」を使って解析すれば、結果を比べたり、積み重ねたりできる。バラバラだった知識が、共通の土台の上でつながっていく。

発酵食品は、世界中の地域ごとに、無数の種類がある。日本の味噌や漬物、韓国のキムチ、ヨーロッパのチーズやパン、アフリカや中東の伝統発酵食品……。これらの微生物を、共通のものさしで調べ、記録し、比べられるようになれば、発酵食品の全体像が、少しずつ描かれていく。

MiFoDBのようなデータベースは、いわば「世界の発酵食品の微生物カタログ」をつくる試みだ。個々の発見を、みんなで使える知識の地図へと変えていく。地味に見えるかもしれないが、科学の発展にとって、とても大切な基盤づくりだ。

発酵食品を愛する私たちにとっての意味

この研究は、直接何かの健康効果を示すものではない。しかし、発酵食品が好きな私たちにとって、静かな面白さがある。

私たちが「おいしい」と感じる味噌汁やチーズ、キムチ。その一口の背景には、無数の微生物の複雑な営みがある。これまで「なんとなくの経験」で語られてきた発酵の世界が、こうしたデータベースによって、少しずつ「見える」ものになっていく。

昔の職人たちは、微生物の名前も遺伝子も知らないまま、経験と勘で発酵食品をつくってきた。その伝統的な技を、現代の科学が、菌株レベル・遺伝子レベルで解き明かそうとしている。伝統と最先端技術が出会うところに、発酵研究の面白さがある。

いつか、世界中の発酵食品の微生物が一つのカタログにまとまったとき、私たちは自分の食卓にある発酵食品を、もっと深く理解できるようになるのかもしれない。その未来への一歩として、MiFoDBのような地道な取り組みを、静かに応援したくなる。


世界の発酵食品には、まだ名前も知らない菌が無数にいる。それを一つずつ記録し、地図にしていく。発酵の科学は、そんな壮大な作業の途上にある。


Toshiより

今回の記事を読んで、発酵食品の世界は、まだまだ「見えていない部分」が多いのだと感じました。

味噌、醤油、キムチ、チーズ、ヨーグルト、パン。どれも私たちにとって身近な食べ物ですが、その中で実際にどんな微生物が働いているのか、どの菌株がどんな役割を持っているのかまでは、まだ十分に分かっていない。そう考えると、毎日の食卓にある発酵食品が、急に小さな宇宙のように見えてきます。

これまで発酵食品は、「おいしい」「保存がきく」「昔から体に良いと言われている」といった形で語られることが多かったと思います。もちろん、そうした経験的な見方も大切です。でも今回の MiFoDB のような取り組みは、発酵食品をもっと細かく、菌株や遺伝子のレベルで見ようとしている。昔ながらの食文化を、現代の科学が新しい目で見つめ直しているところに、とても面白さを感じました。

特に印象に残ったのは、「どんな菌がいるか」だけではなく、「その菌が何をしているのか」まで調べようとしている点です。発酵食品の味や香りは、ただ偶然に生まれているわけではありません。微生物が糖やタンパク質を分解したり、香りのもとになる成分をつくったりすることで、あの複雑な風味が生まれます。その背景にある遺伝子や働きを調べることで、発酵食品の理解が一段深くなるのだと思いました。

一方で、この研究は健康効果を直接示したものではありません。ここはきちんと分けて考えたいです。発酵食品の微生物を詳しく調べることは、将来的に健康や栄養の研究につながる可能性があります。でも、だからといって「この発酵食品を食べれば健康になる」と言えるわけではありません。今回の記事は、発酵食品を食べる効果の話というより、発酵食品の中で起きている微生物の世界をどう調べるか、という研究の土台の話だと受け止めました。

僕は、この「土台づくり」にとても価値があると思います。目立つ研究成果というと、つい「何かに効いた」「新しい効果が分かった」という話に注目しがちです。でも、その前には、データを集め、整理し、世界中の研究者が比べられる形にする地道な作業があります。MiFoDBのようなデータベースや解析の仕組みは、まさにその基盤になるものです。派手ではないけれど、こういう仕事があるから、次の研究が前に進むのだと思います。

発酵食品は、世界中にあります。日本の味噌や漬物、韓国のキムチ、ヨーロッパのチーズやパン、中東やアフリカの伝統的な発酵食品。それぞれの土地で、気候や食材、暮らしに合わせて受け継がれてきました。その中に住む微生物も、きっと地域ごと、食品ごとに違います。もしそれらを共通のものさしで調べられるようになれば、発酵食品の地図が少しずつ描かれていくのだと思います。

それは、単に研究者だけのものではない気がします。私たちが普段食べている味噌汁や納豆、チーズやパンも、その大きな地図の一部です。自分の食卓にある食品が、世界の発酵文化や微生物研究とつながっていると考えると、いつもの一口にも少し違う意味が生まれます。

昔の職人さんたちは、遺伝子や菌株という言葉を知らなくても、香りや温度、手触り、時間の流れを感じながら発酵食品をつくってきました。その経験の積み重ねは本当にすごいものです。そして今、科学はその見えない働きを、少しずつ言葉やデータに変えようとしています。伝統の知恵と、最新の解析技術が出会うところに、発酵研究の面白さがあるのだと感じました。

今回の記事を通して、発酵食品を「昔ながらのもの」とだけ見るのではなく、「今も研究が進んでいる生きたテーマ」として見たいと思いました。味噌も、キムチも、チーズも、パンも、完成された食品であると同時に、まだ解き明かされていない微生物の世界を持っています。

発酵食品は、食べる楽しみだけでなく、知る楽しみもある。どんな菌がいて、どんな働きをして、どんな香りや味を生み出しているのか。そうしたことを知るほど、発酵食品はもっと面白くなると思います。

これからも、発酵食品を健康情報としてだけではなく、文化、科学、暮らしが重なり合うものとして見ていきたいです。世界の発酵食品の微生物カタログが少しずつ作られていく。その先に、私たちの食卓をより深く理解する未来があるのかもしれません。

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。