⏱ 約7分で読めます

8年かけて、体重が10kg減った。焦らなかったから、続けられた。


ジョギングを続けるうちに、体重が少しずつ減り始めた。

でも「少しずつ」というのは本当に少しずつで、劇的な変化は一切なかった。

80kg超えから、70kgへ

体重の変化をざっくり振り返ると、こんな感じだった。

80kg超え → 78kg → 76kg → 74kg → 70kg。

この変化に、約8年かかった。

1年で1〜2kg程度しか変わらない計算だ。ダイエット番組のような劇的な変化とは、まったく違う。「本当に効果があるのか」と疑いたくなるくらいゆっくりとした変化だった。

急がなかったから、続けられた

振り返って思うのは、「急がなかったから続けられた」ということだ。

1ヶ月で5kg落とそう、とは一度も思わなかった。ただ走ることを続けただけだ。体重は結果としてついてきた。

もし最初から「3ヶ月で10kg落とす」という目標を立てていたら、達成できずに諦めていたと思う。

体が変わると、動き方が変わる

体重が落ちてくると、体の動かし方が変わってくる。

階段が楽になる。少し歩いても息が切れなくなる。朝の目覚めが軽くなる。小さな変化が積み重なって、「体が変わった」という実感になっていった。

これは、発酵食品を続けて体の変化を感じたときと、とてもよく似ている。

急かしても、良いものはできない。時間をかけるものは、長期的に見て良いことだ。

体重計と向き合い続けた8年間

8年間、体重計に乗り続けた。

乗りたくない日もある。増えている日もある。そういう日は少しがっかりする。でも、やめなかった。

体重を計ることが目的ではない。今の自分を知ること、それだけのためだ。数字に一喜一憂しすぎると続かない。「ふーん、今日はこれか」と眺めるくらいの距離感が、8年続けられた理由だと思っている。

76kgあたりで1年以上止まった時期があった。走っているのに体重が変わらない。あの停滞期は正直つらかった。「もしかして、ジョギングは体重に関係ないのか」とも思った。

でも体重が変わらなくても、体の感覚は変わっていた。疲れにくくなっていた。朝起きるのが前より楽になっていた。だから続けた。停滞期を抜けたら、また少しずつ落ちていった。

食事は「がまん」しなかった

体重を落とした8年間、食事制限は一切していない。

食べたいものを食べた。外食も飲み会も普通に行った。ただ、発酵食品を意識的に増やした。朝の納豆、手作り味噌の味噌汁、ぬか漬け。それくらいだ。

カロリーを計算したことも、食べていいものダメなものを決めたこともない。「好きなものを食べながら走る」というスタンスで続けてきた結果が、10kgの減量だった。

食べることを楽しみながら体重が落ちた。そのことが、今の自分には一番の自信になっている。

56歳になった今も、走り続けている

今、私は56歳だ。

40代でヘルニアになり、入院した。走り始めたのはそれがきっかけだ。肺結核も経験した。足首の故障で何度も休んだ。禁煙もした。

それでも今も走っている。休日は10km前後、気分のいい日は20km走ることもある。体重は70kgで安定している。

50代に入ってから、走ることの意味が少し変わった気がする。体重を落とすためではなく、体を整えるために走る感覚だ。走るとその日の食事がおいしくなる。走った後の発酵食品の味が、また格別なのだ。

「じっくり待てるか」が、続けられるかどうかの分岐点

結局のところ、体重を8年かけて10kg落とした経験から言えることは一つだ。

「じっくり待てるか」が全てだ。

短期間で結果を求めると、出なかったときに諦める。発酵食品も同じだ。ぬか床を始めたばかりの頃、すぐに美味しくならなくてがっかりした。でも3ヶ月、半年と続けるうちに、味が落ち着いてきた。

体も、ぬか床も、すぐには変わらない。でも、変わらないわけではない。時間をかければ、必ず変わる。

8年で10kg。それがその証拠だ。

リバウンドしなかった理由

体重が落ちた後、リバウンドしていない。

激しい食事制限をしていないから、反動もない。ゆっくり生活の中に染み込んだ変化は、生活の一部になる。走ることも発酵食品を食べることも、今の私には「やらないほうが変」な習慣だ。

やめる理由がない習慣になったとき、それは「続けている」という感覚すらなくなる。ただ、当たり前の毎日になる。

それが、リバウンドしない一番の理由だと思っている。

停滞期に感じたこと

76kgで1年以上止まった。あの停滞期に、いろいろなことを考えた。

「このまま走り続けても意味がないのか」と思った時期もある。数字が変わらないと、「やっている意味があるのか」と疑いたくなる。ジョギングを続ける理由を、改めて問い直した。

でも気づいたのは、体重が変わらなくても体は変わっていたということだ。走れる距離が伸びた。疲れにくくなった。朝の目覚めが変わった。体重という一つの数字だけを見ていると、それ以外の変化が見えなくなる。

停滞期は、「他の変化を見る機会」だったと今は思う。数字ではなく、体の感覚を信じることを学んだ期間だった。

体重の記録をつけていた

8年間、体重を記録し続けた。

最初はノートに書いていた。その後、スマートフォンのアプリに変えた。毎朝起きてすぐ、体重計に乗って記録する。ただそれだけのことだが、続けた。

グラフを見返すと、8年の変化がわかる。ゆっくりした下降線の中に、何度も停滞期がある。増えた時期もある。それでも全体的な傾向は、少しずつ下がっている。

記録をつけることは、自分を客観的に見ることだ。感覚だけだと「なんとなく変わった気がする」で終わる。数字があると「確かに変わった」と確認できる。その確認が、続けるモチベーションになった。

体重が落ちると、走ることへの意識が変わる

76kgから74kgに落ちた頃、走ることへの意識が変わった。

体が軽くなると、同じペースで走っていても楽に感じる。「前より楽だ」と感じる瞬間が、次への動力になる。体の変化が、モチベーションを作る。外側の変化が、内側の意欲を生む。このサイクルが、ジョギングを続けるエンジンになっていた。

体重が落ちたから走ることが楽しくなったのか、楽しいから続けて体重が落ちたのか。振り返ると、どちらとも言えない。両方が絡み合いながら、少しずつ前に進んでいた。

走る日と走らない日

休日だけ走っている。平日は走らない。

これは最初から決めたわけではない。試してみた結果、休日だけが自分に合っていた。平日は仕事があって、走るためのエネルギーと時間が足りない。走れないことへの罪悪感を持つより、「休日に必ず走る」と決めた方が長続きした。

走らない平日は、歩くことを意識するようにした。エレベーターより階段を選ぶ。最寄り駅より一駅前で降りる。そういう小さな積み重ねも、体への投資になる。

走ることと歩くこと。どちらも体を動かすことだ。組み合わせることで、平日も体を動かし続けられる。

55歳の健康診断で、変化を確認した

55歳の健康診断で、数値の変化を確認した。

コレステロール値が改善していた。血圧も正常範囲内に収まっていた。メタボリックシンドロームの判定基準から外れた。

特別な薬は飲んでいない。食事制限もしていない。走っていたこと、発酵食品を食べていたこと、禁煙したこと。それだけで、体は変わっていた。

数値が改善されたと聞いたとき、ちょっと誇らしかった。56歳でこれなら、まだまだいける。そう思った。


次回:走り始めた頃に、肺結核と診断された。

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。