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ジョギングを始めて間もなく、肺結核と診断された。


ジョギングを始めて、少し走れるようになってきた頃のことだ。

体の調子がおかしいと感じることが増えた。疲れやすい。咳が続く。体重が落ちる(この頃はまだダイエット中だったので気づきにくかったが)。

病院で検査を受けた結果、肺結核と診断された。

最初は「風邪かな」と思っていた

咳が出始めたのは、ジョギングを始めて2ヶ月ほど経った頃だった。

走ると少し息苦しい。でも運動不足の体には当然のことだと思っていた。「これも慣れだろう」と、気にしなかった。

夜、横になると咳が出る。痰が絡む感じがする。市販の風邪薬を飲んだ。少し楽になった気がして、また走り続けた。

2週間経っても咳が治まらない。3週間になった。

妻に「早く病院に行きなさい」と言われた。かかりつけの内科に行くと、「レントゲンを撮りましょう」と言われた。

診断を聞いたとき、頭が真っ白になった

レントゲンの結果を見て、お医者様が静かに言った。

「肺に影があります。結核の可能性があります。専門の病院で精密検査を受けてください。」

「結核」という言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

結核というのは、昔の病気だと思っていた。現代の日本でかかるものだとは、思っていなかった。紹介状をもらって、専門の病院で検査を受けた。痰の検査、血液検査、CT。結果が出るまでの数日間、ネットで調べすぎて余計に不安になった。

診断は「肺結核」だった。

肺結核という病気のこと

肺結核は、結核菌が肺に感染する病気だ。

かつては「国民病」と呼ばれ、明治から昭和にかけて多くの人の命を奪ってきた。現代では薬で治療できるが、治療には半年以上かかる。そして、空気感染するリスクがある重大な感染症だ。

現代の日本でも、年間1万人以上が新たに発症しているという。決して「昔の病気」ではなかった。

お医者様から告げられた治療方針は、複数の抗結核薬を6ヶ月以上飲み続けるというものだった。薬を途中でやめると耐性菌が生まれてしまうため、症状が改善しても必ず続けなければならない、と念を押された。

仕事については、感染リスクを考えて一定期間の自宅療養が必要だと言われた。

タバコをやめなければならなかった

お医者様から告げられたことの中で、正直一番困ったのがこれだった。

「タバコを吸い続けることはできません。肺への負担が大きすぎる。治療を続けるためには、禁煙が必須です。」

当時、私はタバコを1日1箱ほど吸っていた。もう30年近い喫煙歴だった。何度か禁煙を試みたが、3日と続いたことがなかった。「自分には無理だ」と、心のどこかで諦めていた。

でも今回は選択肢がなかった。タバコを吸い続けることは、治療を諦めることと同じだった。「では、やめます」と答えるしかなかった。

禁煙外来にも通い始めた。薬の力も借りた。それでも最初の2週間は本当に苦しかった。

療養中に、考えていたこと

ジョギングはしばらく制限された。

ようやく走ることが楽しくなってきた矢先だった。また止まらなければならない。「なぜこうも上手くいかないのか」と思った。

でも、床に伏せながら、ゆっくり考える時間がたくさんあった。

「体は正直だ」と思った。無理をすれば、必ずどこかにしわ寄せが来る。長年のタバコ、運動不足、食生活の乱れ。それが全部重なって、今の状態になった。

体は敵ではない。警告を出し続けてくれていたのに、自分が無視し続けた。

療養中も、発酵食品を食べることは続けた。体を動かせなくても、食べることはできる。味噌汁を一杯飲む。納豆をご飯に乗せる。それだけのことだが、「体のために何かをしている」という感覚が、気持ちを少し支えてくれた。

半年後、ジョギングを再開した

6ヶ月の治療を終えて、肺結核は完治した。

ジョギングを再開したとき、走りやすくなっていた。肺が以前より軽い感じがした。タバコをやめたことで、体が走ることを嫌がらなくなっていた。

最初の1キロが、以前より楽だった。呼吸が続く。止まらなくていい。「あ、変わってる」と思った瞬間だった。

6ヶ月の治療期間、何をしていたか

治療期間中、走れない代わりにやっていたことがある。

発酵食品を、今まで以上に意識して食べるようにした。治療薬の副作用で食欲が落ちることがあったが、味噌汁だけは毎朝飲んだ。「飲み込める量だけ食べればいい」と自分に言い聞かせながら、少しずつ続けた。

それから、読書をよくするようになった。健康についての本を何冊も読んだ。腸内環境の話、食事と免疫の関係、発酵食品と菌の科学。それまでなんとなく食べていた味噌や納豆が、どれほど体に働いているかを、活字を通して理解するようになった。

走れないことが悔しかった。でも、その時間が「知識を蓄える期間」になった。

禁煙の本当の苦しさ

タバコをやめた最初の1ヶ月は、人生で最も苦しい1ヶ月だった。

吸いたい、という衝動は、食事中も、眠る前も、目が覚めた瞬間も、常にあった。禁煙補助薬を使っていたが、それでもきつかった。イライラして、妻に当たってしまったこともある。

「なんでこんな思いをしなければいけないのか」と、何度も思った。

でも、そのたびに思い出した言葉がある。リハビリの先生が言っていたことだ。「やめることを我慢するのではなく、やめた先の自分を想像してください。肺が軽くなって、もっと遠くまで走れるようになる自分を。」

その言葉が、何度もギリギリのところで支えてくれた。

またしても、立ち止まる

人生には、思ったように進めない時期がある。

でも今思えば、この肺結核の診断がなければ、タバコをやめることはなかったと思う。「次こそやめよう」と言いながら、ずっと吸い続けていたと思う。

「最悪のタイミングで最悪の出来事が起きた」と思っていたが、振り返れば違う。あの診断が、ぐずぐずしていた禁煙を強制的に実現させてくれた。肺の調子が良くなった。走るのが楽になった。

止まることを強制された期間が、次に走るための準備になっていた。

人生の歯車は、思わぬところで噛み合っている。

今、振り返って思うこと

あれから1年以上が経つ。

タバコを吸いたいと思う瞬間は、今でもたまにある。特に、ストレスがたまったときや、お酒を飲んだときに頭をかすめることがある。でも、実際に手が伸びることはない。あの苦しかった禁煙の6ヶ月を、もう一度やりたくないからだ。

肺結核の治療が終わって、定期的に経過観察の検査を受けている。今のところ異常はない。「再発していないこと」が、毎回のように小さな安堵をくれる。

ジョギングは今も続けている。走る距離も、走れる時間も、あの100メートルの頃とは比べ物にならない。肺が軽いから走れる。走れるから楽しい。楽しいから続けられる。このサイクルが、今の私の健康を支えている。タバコをやめて肺が回復したことで、走ることへの向き合い方が変わった。以前は「苦しい、つらい」だったのが、「もう少し行けそうだ」と思えるようになってきた。体は正直だ。大事にすれば、ちゃんと応えてくれる。

病気というのは、必ずしも「悪いこと」だけではない。体からの本気のメッセージとして受け取れば、人生を変えるきっかけになる。私はそう信じている。もし同じように「最悪のタイミングで体を壊した」と感じている人がいたら、一言だけ伝えたい。その経験は、必ず何かを教えてくれる。今はわからなくても、数年後に「あのおかげだった」と思える日が来る。そう信じて、今日も走っている。


止まることを強制された期間が、次に走るための準備になっていた。

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。