⏱ 約14分で読めます
生乳や発酵乳から分離した乳酸菌の性質を調べる|エチオピアの基礎研究から
この記事について:本記事は、乳酸菌に関する試験管内(実験室)での基礎研究を紹介するものです。特定の食品や菌が、病気を予防・治療すると示すものではありません。紹介する実験は寒天培地の上で行われたものであり、人の体の中で同じことが起きると確かめた研究ではありません。研究で得られた株は遺伝子解析による菌種の同定がされておらず「推定乳酸菌」の段階で、安全性も確定していません。抗菌活性についても、どの成分による働きかは特定されていません。また、記事内で触れる生乳は、そのまま飲むことを勧める趣旨ではありません(食品衛生上の注意については本文で説明します)。
ヨーグルトやチーズをつくる乳酸菌は、どこから来るのだろうか。
工場で使われるスターター(種菌)は、あらかじめ選ばれた菌が用意される。しかし、世界各地の伝統的な発酵乳には、その土地の乳や環境に由来する菌が関わってきた。
そうした「土地の乳酸菌」を調べた原著研究が、学術誌「Scientific Reports」に2026年に発表された。エチオピアのデブレ・タボル大学とゴンダル大学の研究チームによるものである。
今回はこの研究を手がかりに、乳酸菌を「探して、調べる」という研究の入り口をのぞいてみたい。
25の試料から、20の分離株を得た
研究チームが行ったのは、地道な作業である。
エチオピア北部・南部のゴンダル地方から、発酵乳と生乳あわせて25の試料を集めた。そして、乳酸菌を育てるのに適した培地(MRS寒天培地)を使って、25の試料から、乳酸菌と推定された20の分離株を得た。
ここで大切なのは、これらが「推定」の段階にとどまることだ。形の観察や生化学的な性質から乳酸菌と判断されたもので、遺伝子解析による菌種の同定は行われていない。以下、この記事では「推定乳酸菌分離株」と呼ぶことにする。
これらの分離株については、pH(酸性度)への耐性、食塩の濃度への耐性、温度への耐性などが調べられた。具体的には、pHは3・7・9、食塩濃度は2・4・6%、温度は15・37・45℃という条件での増殖を見ている。
こうした性質を調べることは、食品製造への利用可能性や、消化管を想定した一部の条件に対する耐性を予備的に調べる手がかりになる。ただし、この試験だけで、人の消化管を通過して生存できるとは判断できない。胆汁酸や消化酵素を含む、包括的な消化管モデルでの試験ではないからだ。
ただし、こうした性質を持っていることは、あくまで「候補になりうる」という意味にすぎない。この点は、あとであらためて触れたい。
分かった性質
報告された結果を、いくつか挙げてみたい。
まず、分離されたすべての株が「γ溶血性」を示した。これは、赤血球を壊す働きが見られない、という意味である。安全性を検討するうえで、最初に確認される項目の一つだ。
乳酸をつくる量は、5.0%から8.2%の範囲だった。また、複数の株が、12時間以内に乳を凝固させたという。乳を凝固させる性質は、発酵乳製品への利用可能性を検討するうえで参考になる。
株によって、これらの性質にはばらつきがあった。同じように分離された株でも、それぞれに個性があることが、ここでも確かめられている。
寒天の上で見られた「抗菌活性」
この研究で注目されたのが、抗菌活性である。
寒天培地に小さな穴(ウェル)をあけ、そこに液を入れて、まわりの菌がどれだけ増えにくくなるかを見る。「寒天ウェル拡散法」と呼ばれる、古くから使われる方法だ。増殖が抑えられた範囲(阻止帯)の大きさを測る。
論文の抄録では、黄色ブドウ球菌に対して15〜27ミリ、大腸菌に対して8〜13ミリ、緑膿菌に対して10〜17ミリ、チフス菌に対して8〜14ミリの阻止帯が報告されている。
ここで、方法について大切な点がある。この試験で使われたのは、菌そのものではなく、菌体を取り除いた培養上清だった。しかも、上清の酸性度を中和する処理や、タンパク質を分解する処理は行われていない。そのため、阻止帯には乳酸などによる酸性化、過酸化水素、その他の代謝産物が関係した可能性があるが、どの成分によるものかは特定できない。特定の抗菌物質やバクテリオシンの作用が確認されたわけでもない。
そして、これは寒天培地の上での実験である。食品の中や、人の体の中で同じことが起きると確かめたものではない。乳酸菌を食べれば食中毒菌を退治できる、という話ではまったくない。
実験室で見られた性質は、あくまで「候補を選ぶための手がかり」であって、それ以上のものではない。
乳酸菌がつくる酸などが、食品中の微生物の増殖に影響することは知られている。ただし、今回の寒天培地上の結果から、食品の保存性や安全性を直接判断することはできない。ここを混同しないことが大切である。
研究チーム自身が示した限界
この研究のもう一つの誠実な点は、限界がはっきり書かれていることだ。
論文は、種のレベルでの同定と安全性の評価は「推定的なまま」であると明記している。つまり、分離された菌が具体的にどの種なのか、安全に使えるのかは、まだ確定していない。
そのうえで、遺伝子レベルでの詳しい解析(分子特性化)と、包括的な試験管内の試験、そして動物実験が、プロバイオティクスとしての可能性や産業への応用を確かめるために必要だ、と述べている。
また、一部の試験では反復測定の個別データが保存されておらず、標準偏差や誤差範囲が示されていない。この点も、結果を慎重に読む理由の一つである。
有望そうな結果が出ても、そこで止まらず、次に何を確かめるべきかを示す。基礎研究とは、そうした積み重ねの一歩なのである。
薬剤への感受性も調べられた
もう一つ、報告されているのが、抗生物質への反応である。
多くの分離株はバンコマイシンとゲンタマイシンに耐性を示す一方、バシトラシン、アンピシリン、テトラサイクリン、ペニシリンには高い感受性が報告された。ただし、耐性遺伝子の有無や、それが他の菌へ伝わる可能性は調べられていない。
こうした性質が調べられるのには理由がある。食品に使う菌が、望ましくない耐性の性質を持ち、それが他の菌に広がるようなことは避けたい。プロバイオティクスの候補を評価するときには、安全性の観点から、こうした点も確認されるのが一般的である。
この研究でも、そうした基本的なチェックが行われている、ということだ。
生乳の扱いについて
なお、この研究では生乳(加熱殺菌していない乳)も試料として使われている。
研究の材料として扱うことと、日常的に飲むことは、まったく別の話である。生乳には、食中毒の原因となる細菌が含まれる可能性がある。日本では、生乳を食品製造に使う場合、原則として一定条件以上の加熱殺菌が求められており、無殺菌の「特別牛乳」には例外的な厳しい要件が定められている。加熱殺菌されていない乳を安易に飲むことは、すすめられない。
この記事は、生乳を飲むことを勧めるものではない。研究の場で、菌を探す材料として使われた、という文脈で読んでいただきたい。
地道な研究の、意味
この研究は、劇的な発見を報告するものではない。世界のある地域の乳から菌を集め、性質を一つずつ測り、次に確かめるべきことを整理する。地味で、時間のかかる作業である。
しかし、こうした基礎的な研究の積み重ねがなければ、新しい発酵食品も、安全に使える菌も生まれてこない。世界各地で、その土地の発酵食品と菌が調べられていることは、発酵という営みの広がりを感じさせてくれる。
エチオピアにも、伝統的な発酵乳の文化がある。日本に味噌や漬物があるように、それぞれの土地には、そこで育まれてきた発酵の形がある。そして、その中には、まだ詳しく調べられていない菌が数多く眠っている可能性がある。
今回のような研究は、そうした未知の菌に光を当てる、最初の一歩でもある。世界の発酵食品を「菌の宝庫」として見直す動きは、近年、各地で広がっている。
私たちが日々口にするヨーグルトや発酵乳の背景にも、こうした地道な研究の歴史がある。次に一口食べるとき、その奥にある長い探索のことを、少しだけ思い浮かべてみたい。
Toshiより
今回の研究を読んで、私が最初に感じたのは、発酵食品の世界には、まだ名前さえ分かっていない微生物が数多く存在しているという面白さです。
ヨーグルトやチーズに使われている乳酸菌というと、工場で管理され、性質まで詳しく分かっている菌を想像しがちです。しかし、発酵の歴史をさかのぼれば、人間は菌の名前も遺伝子も知らない時代から、その土地の乳や環境にいた微生物の力を利用してきました。
エチオピアの生乳や発酵乳から菌を探した今回の研究は、そうした発酵の原点を感じさせてくれます。
研究チームは25の乳試料を集め、そこから乳酸菌と推定される20の分離株を得ました。そして、それぞれの形や生化学的な性質、酸性度・塩分・温度への耐性、乳を凝固させる速さなどを、一つずつ調べています。
ただし、この20株は、遺伝子解析によって菌種まで確定された乳酸菌ではありません。形態や生化学的な検査から「乳酸菌と推定された分離株」です。
この違いは、一般の記事では省略されやすい部分かもしれません。しかし、私はとても大切だと思います。「乳酸菌が見つかった」と言い切るのと、「乳酸菌と考えられる菌を分離した」と伝えるのでは、研究が到達している場所が違うからです。
科学では、分からないものを無理に確定させないことも、重要な仕事の一つです。今回の研究は、菌の探索が始まった段階であり、ゴールに到達した研究ではありません。
pH3の環境や、異なる塩分・温度の条件で育つかどうかが調べられたことも興味深い結果です。こうした試験は、発酵食品への利用可能性や、消化管を想定した一部の条件に耐えられるかを考えるための手がかりになります。
しかし、この結果だけで、「人の胃を通過して生き残る」と判断することはできません。実際の消化管には、胃酸だけでなく、胆汁酸や消化酵素、食べ物、ほかの微生物など、さまざまな要素があります。
試験管の中で特定の条件に耐えたことと、人の体内で同じように生存し、さらに健康上の利益をもたらすことの間には、いくつもの確認すべき段階があります。
「プロバイオティクス候補」という言葉も、慎重に受け止めたいと思います。
プロバイオティクスとは、本来、適切な量を摂取したときに、宿主に健康上の利益をもたらすことが確認された生きた微生物です。今回の菌は、まだ健康効果が確認されたプロバイオティクスではありません。将来の研究対象になりうる「候補」にすぎません。
γ溶血性が確認されたことについても、同じです。今回の試験条件では、赤血球を壊す溶血性が見られなかったという結果であり、安全性を調べるうえでの一つの材料になります。
ただし、溶血性がなかったから安全な菌だと確定するわけではありません。毒性に関わる遺伝子の有無、抗生物質耐性が他の菌へ伝わる可能性、実際に動物や人が摂取した場合の影響など、確認すべきことはまだ残っています。
とくに印象的だったのは、寒天培地の上で見られた「抗菌活性」です。
黄色ブドウ球菌や大腸菌などの周囲に、菌の増殖が抑えられた範囲が観察されたと聞けば、「この乳酸菌を食べれば、体内の病原菌も退治してくれるのではないか」と期待したくなるかもしれません。
けれど、今回使われたのは乳酸菌そのものではなく、菌体を取り除いた培養上清です。しかも、その上清は酸性度を中和されていません。
乳酸菌は乳酸などをつくるため、培養液は酸性に傾きます。病原菌の増殖が抑えられた理由は、単純に酸性の環境だったからかもしれません。過酸化水素や、ほかの代謝産物が関係した可能性もあります。
pHを中和する試験や、タンパク質を分解する酵素処理が行われていないため、何が阻止帯を生じさせたのかは特定できません。特別なバクテリオシンが見つかったわけでもありません。
この点をきちんと理解すると、「抗菌活性」という強そうな言葉を、そのまま健康効果に結びつけてはいけないことが分かります。
試験管内で菌が増えにくくなったことと、食品の安全性が高まることも、人の感染症を予防・治療できることも、それぞれ別の話です。今回の結果は、次に詳しく調べる分離株を選ぶための手がかりとして受け止めるのが適切だと思います。
抗生物質への反応についても、単純に「耐性があるから危険」「感受性があるから安全」とは決められません。
多くの分離株がバンコマイシンやゲンタマイシンに耐性傾向を示したと報告されていますが、それが菌にもともと備わった、他の菌へ移りにくい性質なのか、伝達可能な耐性遺伝子によるものなのかは、遺伝子解析をしなければ分かりません。
食品に利用する菌であれば、この違いは非常に重要です。研究チームが今後の課題として分子レベルでの解析や包括的な安全性評価を挙げているのも、そのためでしょう。
一部の試験では、反復測定の個別データが残されておらず、標準偏差や誤差範囲が示されていないことにも注意が必要です。数字が示されていても、その数字にどの程度のばらつきがあるのか分からなければ、結果の確かさを十分に判断できない場合があります。
こうした限界を書くことは、研究の価値を下げることではありません。何が分かり、何がまだ分からないのかを区別することこそ、次の研究へ進むために必要なことだと思います。
そして、生乳についても誤解のないようにしたいところです。
今回、生乳は菌を探すための研究試料として使われました。それは、加熱殺菌されていない乳を飲むことが健康によい、という意味ではありません。
生乳には多様な微生物が存在する可能性がありますが、その中には食中毒を起こす菌が含まれる可能性もあります。研究者が管理された実験室で菌を分離することと、家庭で未殺菌の乳を飲むことは、まったく別です。
「珍しい菌がいるかもしれない」という期待だけで、食品衛生上の危険を軽く考えてはいけないと思います。伝統的な食品であることや、自然な状態であることは、それだけで安全性を保証するものではありません。
それでも私は、今回のような研究に静かな魅力を感じます。
エチオピアの乳から菌を分離し、番号を付け、培地で育て、性質を一つずつ記録する。その作業は、派手なニュースにはなりにくいかもしれません。しかし、新しい発酵食品や安全に利用できる種菌は、こうした地道な探索なしには生まれません。
日本にも、味噌、醤油、漬物、日本酒など、その土地の微生物とともに育ってきた発酵文化があります。エチオピアにも、その気候や暮らしの中で受け継がれてきた発酵乳があります。
国や食材は違っても、人間が微生物の働きを利用して食べ物を保存し、おいしくしてきたことは共通しています。その土地の発酵食品を科学的に調べることは、単に有用な菌を探すだけでなく、地域の食文化を記録することにもつながるのではないでしょうか。
今回見つかった菌が、将来、本当に食品へ利用されるかどうかはまだ分かりません。安全性の検証を重ねても、実用化されない菌も多いでしょう。
それでも、分からなかったものに一つずつ光を当て、候補を絞り込み、次の研究へ渡していく。その積み重ねが発酵科学を前へ進めます。
すぐに「体にいい菌」と結論づけるのではなく、まだ名前も確定していない菌を、これから調べる対象として丁寧に扱う。私は、その慎重さを大切にしたいと思います。
発酵の未来は、大きな発見だけでつくられるものではありません。シャーレの上で一つの菌を育て、その性質を確かめる。そんな小さく地道な仕事の積み重ねによって、少しずつ形づくられていくのだと思います。
※本記事の画像は、発酵乳と乳酸菌研究を表現したイメージ画像です。研究で使用された試料や特定の商品を撮影したものではありません。
派手さはなくても、菌を一つずつ調べる作業が、発酵の未来を支えている。
※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。