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老舗の味噌蔵で見つかった乳酸菌|2021年公開の「蔵付き菌」研究シーズをたどる


この記事について:本記事は、信州大学が2021年に公開した「研究シーズ」(大学の研究成果を企業連携などに向けて紹介する資料)をもとにしています。査読を経た論文の報告ではなく、また製品化された食品を紹介するものでもありません。特定の食品や成分が病気を予防・治療する、健康に良いといった効果を示すものでもありません。紹介する内容には「可能性が示唆されている」段階のものが含まれ、その後の研究や開発の状況は、今回確認した資料からは分かりません。


古い味噌蔵に足を踏み入れると、独特の香りが漂う。

長年使われてきた木桶、柱、壁。そうした蔵のあちこちには、目に見えない微生物が住みついている。日本の醸造の世界では、これを「蔵付き」の菌と呼んできた。

その蔵付きの微生物に注目した研究が、信州大学のバイオメディカル研究所で行われている。「老舗醸造蔵に宿る蔵付微生物バンクを基盤とするスーパー乳酸菌の発見」という研究シーズとして公開されているものだ。

今回紹介するのは、信州大学が2021年に公開した研究シーズである。現在の研究・製品開発の状況は、この資料だけからは確認できない。

今回はこの情報を手がかりに、蔵に住む菌をめぐる研究をのぞいてみたい。

「研究シーズ」とは何か

本題に入る前に、今回扱う資料の性質をお伝えしておきたい。

研究シーズは、大学が保有する研究成果や技術の概要を、企業連携などにつなげるために紹介する資料である。査読論文とは異なり、実験条件や解析方法、データの全容までは掲載されていないため、公開ページだけで結果を詳しく検証することは難しい。

したがって、この記事で紹介できるのも「こういう研究が行われている」という概要の範囲にとどまる。その前提で読んでいただきたい。

なお、記事中に出てくる「スーパー乳酸菌」「高機能味噌」は、元の研究シーズで使用されている名称であり、統一された科学的分類や、病気の予防・健康長寿の効果を示す言葉ではない。また、「発酵長寿プロジェクト」は事業名であり、この資料が味噌の長寿効果を証明したという意味ではない。

長野県の老舗蔵から見つかった菌

研究の中心にあるのが、KA03033株と名づけられた乳酸菌である。

この菌は、長野県の老舗味噌醸造蔵から分離された。特徴は「好塩性」、つまり塩分の高い環境でも生きられる性質を持つことだ。

味噌づくりの現場は、塩分が高い。ふつうの菌には過酷な環境である。そのなかで生き延び、働ける菌がいる――それ自体が、発酵という営みの奥深さを物語っている。

味噌の発酵では、まず麹菌が中心的な役割を担い、大豆のたんぱく質やデンプンを分解していく。そのあと、塩分の高い環境でも生きられる酵母や乳酸菌が働き、香りや酸味が生まれていく。塩は一部の微生物の増殖を抑え、耐塩性・好塩性の酵母や乳酸菌が相対的に働きやすい環境をつくる。

つまり、味噌蔵に住みつく菌は、その厳しい環境に適応した、選ばれた顔ぶれということになる。今回分離されたKA03033株も、そうした環境で生き抜いてきた菌の一つである。

そして、こうした菌が「蔵付き」として、その蔵に長く住み続けてきた可能性がある。同じ製法でも蔵ごとに味が違うと言われるのは、こうした微生物の顔ぶれの違いも関わっているのかもしれない。

オルニチン・シトルリンとの関わり

研究シーズの説明で興味深いのが、成分に関する記述である。

KA03033株が発見された醸造蔵の味噌には、オルニチンやシトルリンが多く含まれている。

ここは、資料によって書き方が異なるため、分けて整理しておきたい。公開資料では、KA03033株にシトルリンを産生する性質が確認されたと説明されている。一方、この菌が実際の味噌中のオルニチンやシトルリン量にどの程度寄与するかについて、信州大学の研究シーズは「可能性が示唆されている」と表現している。

つまり、菌が試験の場でその成分をつくること自体と、実際の味噌づくりの中でどれだけ寄与しているかは、区別して読む必要がある。

オルニチンとシトルリンは、いずれもアミノ酸の仲間だ。オルニチンはシジミなどに含まれることで知られ、シトルリンはスイカなどに含まれる。どちらも食品成分として研究されてきたが、今回の研究シーズには、これらの成分の健康効果についての記載は見当たらない。

したがってこの記事でも、「オルニチンを含む味噌が体に良い」といった話は扱わない。あくまで、蔵の菌が味噌の成分づくりに関わっているかもしれない、という研究の入り口の話である。

そもそも、発酵食品の成分は、原料そのものに由来するものだけではない。微生物が働くなかで、新しく生まれたり、姿を変えたりする成分がある。味噌のうま味や香りも、そうした変化の積み重ねから生まれてくる。

どの菌が、どの成分に、どのように関わっているのか。それを一つずつ解きほぐしていくのは、簡単な作業ではない。今回の研究も、その長い道のりの入り口に立っている、ということなのだろう。

当時、課題として挙げられていたこと

研究シーズには、確かめるべき点も整理されていた。

一つは、KA03033株がどのような仕組みでオルニチンなどを生み出すのか。もう一つは、その再現性である。たとえば、別の醸造蔵でも同じように使えるのかどうか。

一つの蔵で観察されたことが、他の場所でも同じように起きるとは限らない。蔵ごとに環境も微生物の顔ぶれも違うからだ。そうした確認を積み重ねてはじめて、実際の応用に近づいていく。

2021年の研究シーズでは、長野県の「発酵長寿プロジェクト」と連携し、KA03033株を利用した味噌の開発を進めていると説明されていた。2022年の報告では、県内7か所の醸造蔵で仕込みへの添加試験が行われていた。現在の製品化状況については、今回確認した資料だけでは判断できない。

「蔵付き」という日本の発酵文化

この研究に触れて、あらためて興味深いと感じるのは、「蔵付き」という考え方そのものである。

日本の酒蔵や味噌蔵では、古くから、蔵に住みついた微生物が味を左右すると言われてきた。建物を建て替えると味が変わる、という話を聞いたことがある方もいるだろう。

これは長らく、経験のなかで語られてきたことだった。しかし近年、その蔵の微生物を実際に分離し、性質を調べる研究が進んでいる。経験として知られていたことの中身を、科学が少しずつ確かめようとしているわけだ。

その土地、その蔵にしかいない菌がいるかもしれない。そう考えると、日本各地の醸造蔵は、まだ知られていない微生物の宝庫とも言える。今回の研究が「微生物バンク」という言葉を使っているのも、そうした発想からだろう。

この視点は、日本の発酵文化を守るという意味でも大切かもしれない。老舗の蔵が廃業すれば、そこに住みついていた菌も失われる可能性がある。蔵の微生物を分離し、記録し、保存しておくことは、失われるかもしれない資源を残す作業でもある。

同じことは、味噌にかぎらない。日本酒、醤油、酢、漬物。各地の醸造の現場には、それぞれの菌がいる。それらを一つずつ調べていく作業は、地味だが、意味のある積み重ねだと思う。

期待と、慎重さと

もっとも、繰り返しになるが、これは2021年に公開された研究シーズの情報である。

査読を経た論文で結果が詳しく検証できる資料ではない。味噌中の成分への寄与も「可能性の示唆」と表現されている。そして、その後の研究や開発がどこまで進んだのかは、今回確認した資料からは分からない。

それでも、日本の伝統的な醸造の現場から、こうした研究が生まれていること自体は、静かに嬉しい話だと思う。長い時間をかけて蔵に住みついた菌が、科学の目で見つめ直されている。

次に味噌汁を口にするとき、その味噌がどこの蔵で、どんな菌に支えられて生まれたのか。少しだけ想像してみたくなる。目に見えない菌たちが、その一杯の背景で長く働いてきたのだと思うと、いつもの味噌汁が少し違って感じられる。

Toshiより

今回の記事を読んで、私が最も心をひかれたのは、「蔵付き」という言葉です。

味噌や醤油、日本酒をつくる蔵には、その場所に長く住みついてきた微生物がいる。昔から醸造の世界では語られてきたことですが、目に見えない存在だけに、どこか物語のようにも聞こえます。

同じ材料を使い、同じような方法で仕込んでも、蔵が違えば味や香りが少し変わる。その違いの一部に、建物や木桶、もろみなどに存在する微生物が関わっている可能性がある。今回の研究シーズは、職人たちが経験として感じてきたものを、菌を分離して調べることで、科学の言葉に置き換えようとする試みなのだと思います。

私は、こうした「昔から知られていたことを、現代の方法で確かめ直す研究」が好きです。

伝統と科学は、時々、対立するもののように語られます。しかし、本来はどちらか一方を選ぶものではないはずです。職人の経験には、長い年月の中で積み重ねられてきた観察があります。科学には、その観察を測り、比較し、ほかの人も確かめられる形にする役割があります。

職人が「この蔵には、この蔵の菌がいる」と感じてきたことを、研究者が実際に菌として分離し、その性質を調べる。両者が重なるところに、発酵研究の面白さがあるように感じます。

今回紹介されたKA03033株は、長野県の老舗味噌醸造蔵から分離された好塩性乳酸菌です。味噌のように塩分の高い環境で生きられること自体、その菌が置かれてきた環境を反映しているようで興味深いです。

微生物は、どこでも同じように暮らせるわけではありません。温度、湿度、塩分、酸素、周囲にある栄養などによって、生き残る菌の顔ぶれは変わります。長い時間をかけて、その蔵の環境に合った菌が残り、発酵に関わってきたのかもしれません。

ただし、「蔵付き」という響きのよさだけで、話を美しくまとめすぎないようにもしたいと思います。

その菌が本当にどのくらい長く蔵にいたのか、味噌の味や成分にどの程度影響しているのかは、詳しい研究がなければ分かりません。蔵で見つかったことと、その蔵の個性を一つの菌だけがつくっていることも、同じではありません。

味噌の発酵には、麹菌、酵母、乳酸菌など、さまざまな微生物が関わります。原料、塩分、温度、熟成期間、職人の管理なども、出来上がりを左右します。KA03033株は、その複雑な世界を構成する一員として考えるのが自然でしょう。

オルニチンやシトルリンとの関係についても、慎重に見ていきたいところです。

公開資料では、KA03033株にシトルリンを産生する性質があると説明されています。一方、この菌が実際の味噌の中で、オルニチンやシトルリンの量にどの程度関わっているのかについては、元の研究シーズでは「可能性が示唆されている」という表現になっています。

この違いは小さく見えますが、研究を伝えるうえでは大切です。

菌を単独で培養したときに成分をつくることと、さまざまな菌や原料が混ざる味噌の中で、同じように働くことは別の問題です。実際の味噌づくりでは、ほかの微生物との関係や、仕込み条件によって結果が変わる可能性があります。

また、オルニチンやシトルリンという名前を聞くと、すぐに健康効果を連想する人もいると思います。しかし、今回の資料は、この味噌を食べることで人の体にどのような変化が起きるのかを確かめた研究ではありません。

「成分が含まれていること」と、「食べた人に健康上の効果があること」は同じではない。この線引きを、私自身も大切にしたいと思います。

元資料にある「スーパー乳酸菌」や「高機能味噌」という言葉も、印象の強い表現です。けれど、それは統一された科学的な分類ではなく、研究や開発の方向性を伝えるために使われた名称です。「スーパー」という言葉だけを見て、一般的な乳酸菌より健康によいと受け取るのは早いでしょう。

発酵に関する情報は、どうしても「長寿」「健康」「免疫」といった魅力的な言葉と結びつきやすいものです。だからこそ、研究が実際に確かめた範囲を超えて期待を膨らませないことが、発酵文化への誠実な向き合い方だと思います。

今回の資料が2021年に公開された研究シーズであることも、忘れてはいけません。

当時、どのような研究や開発が進められていたのかを知る手がかりにはなりますが、2026年現在の状況が同じとは限りません。製品化されたのか、実証試験がどこまで進んだのか、新しい論文が発表されたのか。そこは、当時の資料だけでは判断できません。

古い資料を紹介すること自体が問題なのではなく、「いつの情報なのか」を明らかにしたうえで、その当時の記録として読むことが大切なのだと思います。

そして私は、この研究を健康効果とは別の視点からも、とても価値のあるものだと感じています。それは、地域の微生物を記録し、残していくという視点です。

老舗の醸造蔵には、その場所で長く受け継がれてきた道具や製法があります。同時に、そこに暮らしてきた微生物の集まりもあります。もし蔵がなくなり、木桶や建物が失われれば、そこにいた菌の一部も失われるかもしれません。

もちろん、菌を保存したからといって、蔵の環境すべてを残せるわけではありません。それでも、菌を分離し、性質を調べ、記録しておくことには意味があります。植物の種を保存するように、地域の発酵を支えてきた微生物を、未来のために残す。そう考えると、「微生物バンク」という発想が持つ重みが見えてきます。

日本各地には、味噌、醤油、日本酒、酢、漬物など、その土地ならではの発酵食品があります。表から見れば同じ種類の食品でも、内側にいる微生物の顔ぶれは異なるかもしれません。

それらを一つずつ調べていけば、日本の発酵文化を、味や歴史だけでなく、微生物の多様性という面からも記録できるでしょう。それは新しい商品をつくるためだけでなく、地域の文化を理解し、残すための研究にもなると思います。

私は普段、味噌汁を飲むときに、どの菌が働いたかまで考えることはありません。香りを感じ、具材を味わい、ほっとする。それで十分です。

しかし、味噌の背景に、原料を育てた人、仕込んだ職人、蔵の環境、そして目に見えない微生物の働きがあると知ると、いつもの一杯が少し立体的に見えてきます。

健康に特別な効果が証明されていなくても、味噌のおいしさや文化的な価値が失われるわけではありません。むしろ、効能だけで発酵食品を評価せず、その土地の歴史や技術、味わいを含めて楽しみたいと思います。

研究に期待する気持ちと、まだ分からないことを認める慎重さ。その両方を持ちながら、蔵に住む小さな菌のこれからを見守りたいです。

次に味噌汁を飲むとき、味噌がどこの土地で、どのような蔵でつくられたのかを、少しだけ想像してみる。今回の記事は、そんな楽しみを一つ増やしてくれました。

※本記事の画像は、味噌蔵と発酵を表現したイメージ画像です。研究に関わる特定の醸造蔵や商品を撮影したものではありません。


蔵に住む菌の話は、まだ入り口。分かっていることと、これから確かめることを、分けて見ていきたい。

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。