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発酵食品の「香り」は、どこから生まれる?乳酸菌の代謝経路を整理した総説


この記事について:本記事は、発酵食品の風味がどのように生まれるかを扱った学術的な総説を紹介するものです。特定の食品が病気を予防・治療する、健康に良いといった効果を示すものではなく、医療上の助言でもありません。紹介するのは新しい実験結果ではなく、これまでの研究を整理した総説(レビュー)です。また、味噌や漬物には塩分が多く含まれるため、量については各自の食生活に合わせてご注意ください。


味噌の蓋を開けたときの、あの独特の香り。ぬか漬けの、少し酸味をふくんだにおい。

同じ材料で仕込んだつもりでも、年によって香りが違うことがある。仕込む時期、置き場所、塩の量。何かが少し変われば、出来上がりの印象も変わる。

では、あの香りや味は、そもそもどこから生まれているのだろうか。

その問いに、生化学の側から答えを整理した総説論文が、学術誌「Frontiers in Industrial Microbiology」に2026年5月13日付で公開された。

タイトルは「Sustainable flavor engineering in fermented foods: biochemical routes and technological applications of lactic acid bacteria」(発酵食品における持続可能な風味設計:乳酸菌の生化学的経路と技術的応用)。インドのトリプラ大学とアッサム・ドンボスコ大学、そしてBioeconomy Coalition of Africaの研究者による共同執筆である。

新しい実験を行った研究ではなく、これまでに積み重ねられた知見を体系的にまとめた「総説」にあたる。

なお、この総説は味噌を個別に分析したものではなく、乳製品を中心に世界のさまざまな発酵食品を扱っている。冒頭の味噌やぬか漬けは、あくまで身近な入り口として挙げたものである。

その点を踏まえたうえで、発酵食品の風味というものを考えてみたい。

発酵食品の風味を支える、乳酸菌の代謝

総説がまず整理しているのは、発酵食品の香りや味が、乳酸菌(LAB=lactic acid bacteria)の代謝活動と深く結びついているという点である。

乳酸菌は、食材にふくまれる糖・たんぱく質・脂質を、自分が生きるために分解し、作り変えていく。その過程で生じるさまざまな代謝産物が、香りや味の一部を形づくる。

具体的には、有機酸、ケトン、エステル、アルデヒド、アルコール、硫黄化合物といった多様な物質である。これらが混ざり合って、私たちが「チーズらしい」「漬物らしい」と感じる香りの輪郭になる。

ただし、発酵食品の風味に関わるのは乳酸菌だけではない。酵母、麹菌などの糸状菌、その他の細菌も関わっており、どの微生物が中心になるかは、食品や製法によって異なる。この総説は、そのうち乳酸菌に焦点をあてて整理したものである。

つまり風味とは、微生物が意図してつくったものではなく、微生物が生きた結果として残るものだということになる。

糖やクエン酸から生まれる、酸味とバターのような香り

もっとも基本になるのが、糖の発酵である。

総説では、乳酸菌の糖発酵を大きく2つに分けて説明している。

ひとつは「ホモ発酵」と呼ばれるもので、糖からほぼ乳酸だけをつくる経路である。解糖系(EMP経路)を通り、酸味の土台をつくる。

もうひとつは「ヘテロ発酵」である。ヘテロ発酵では、乳酸に加えて、酢酸、エタノール、二酸化炭素などが生じる。

一方、バターのような香りに関わるジアセチルや、クリーミーな印象に関わるアセトインは、ピルビン酸やクエン酸から分かれる別の代謝経路でもつくられる。

同じ「乳酸菌」でも、どの経路をどれだけ働かせる菌かによって、生まれる香りが変わってくるわけである。

たんぱく質が分解されると、香りの幅が広がる

次に整理されているのが、アミノ酸の代謝である。

大豆や乳のたんぱく質は、まず分解されてアミノ酸になる。そのアミノ酸に対して、乳酸菌のもつアミノ基転移酵素(アミノトランスフェラーゼ)が働き、α-ケト酸という中間の物質に変わる。さらに脱炭酸などの反応が続くと、香りをもつ化合物ができあがる。

総説が具体例として挙げているのが、3-メチルブタナールのような分岐鎖アルデヒドや、メタンチオール、ジメチルジスルフィドといった硫黄化合物である。

硫黄化合物と聞くと身構えてしまうが、これらは発酵食品の「深み」や「熟成感」に関わる成分でもある。ごく微量だからこそ、香りとして成立する。

熟成に時間のかかる発酵食品で、仕込みからの時間が香りを大きく変えるのは、こうしたたんぱく質由来の反応がゆっくり進むためだと考えられている。

脂質からは、チーズやフルーツのような香りが

3つめの経路が、脂質の変化である。

リパーゼやエステラーゼという酵素が脂肪を分解し、遊離脂肪酸を生む。そこからβ酸化やエステル化といった反応が進むと、メチルケトン、ラクトン、短鎖のエステルなどができる。

総説の表では、酪酸がチーズのような香り、エチルエステル類がフルーティーな香りに対応すると整理されている。

チーズの熟成香や、発酵飲料に感じる果実のような香りは、こうした脂質由来の成分が支えている。

温度・塩分・組み合わせが、結果を左右する

興味深いのは、同じ菌でも条件次第で生まれる風味が変わる、と整理されている点である。

総説が挙げている要因は、微生物どうしの相互作用、素材の組成、温度、そして塩分濃度である。

たとえば酵母と一緒に働く場合、酵母がつくるエタノールが、エステル合成の材料として使われるという。糸状菌(カビ)が加わると、たんぱく質や脂質の分解がさらに進み、乳酸菌が使える材料が増える。

日本の発酵食品でいえば、麹菌が先に材料を分解し、その上で乳酸菌や酵母が働くという重層的な仕組みが、考え方としてはこれに近い。

仕込みの温度や塩加減で味が変わるという経験則は、こうした条件の違いとして説明されうる、ということになる。

オミクス技術が見えるようにしたこと

総説の後半では、近年の「オミクス」と呼ばれる解析技術についても触れられている。

微生物の遺伝子やタンパク質、代謝産物をまとめて調べる技術が進んだことで、発酵中にどの菌が、どの遺伝子を、どのくらい働かせているのかが、以前より細かく見えるようになった。

これにより、同じ種に分類される乳酸菌でも、菌株によって持つ酵素や風味形成能力が異なることが示されつつあるという。

総説の著者らは、伝統的な発酵食品に住みついている多様な菌を、風味づくりの資源としてとらえ直す可能性を指摘している。各地の蔵や家庭に残る菌が、これからの発酵技術の手がかりになるかもしれない、という見方である。

この総説を、どう受け止めるか

読むうえで、いくつか押さえておきたい点がある。

第一に、これは総説であり、新たな実験結果を報告したものではない。既存の研究を整理し、方向性を示すことが目的の論文である。

第二に、扱っているのは風味の生化学であって、健康への影響を検証したものではない。香りが豊かであることと、体にとってどうであるかは、別の問題として切り分けて考える必要がある。

第三に、資金提供と利益相反について。著者らは、この論文の作成・掲載に関する資金提供を受けていないと申告している。また、利益相反になりうる商業上・金銭上の関係はないと開示している。

第四に、例として挙げられている食品は、チーズ、ヨーグルト、キムチ、ザワークラウト、サワードウ、発酵魚製品など、世界各地のものが中心である。味噌や醤油そのものを詳しく分析した研究ではない。

家庭の発酵で、心にとめておきたいこと

それでも、この総説から受け取れる示唆はある。

ひとつは、条件と風味の関係である。温度や塩分、微生物の構成によって風味が変わることはある。ただし、風味の違いだけで安全性を判断することはできず、腐敗や望ましくない微生物の増殖による変化もありえる。香りが変わった理由を、条件の違いだと決めつけることはできない。

もうひとつは、記録を残すことの意味である。仕込んだ日、気温、塩の割合。こうした条件を書き留めておけば、次に同じ香りを目指すときの手がかりになる。

そのうえで、安全の確保を第一にしたい。家庭で仕込む場合は、信頼できる作り方に従い、材料・器具・温度・塩分を適切に管理してほしい。いつもと明らかに異なる外観やにおいなどがある場合は、味見で確かめず、食べない判断をしていただきたい。

厚生労働省も、家庭での食中毒は気づかれにくく、重症化する場合があると注意を促している(家庭での食中毒予防)。また、味噌や漬物は塩分も多いため、日々の食事全体のバランスの中で考えたい。

微生物が生きた結果として、香りが残る。そう考えると、樽の中で静かに進んでいることの見え方も、少し変わってくるように思う。


Toshiより

私が発酵食品に惹かれる理由の一つは、味だけではなく、蓋を開けた瞬間に立ち上がる香りにあります。

味噌の落ち着いた香り、ぬか床の少し酸味を含んだ香り、醤油の香ばしさ。発酵食品には、それぞれを見なくても何であるか分かるほど、はっきりとした個性があります。私はこれまで、その香りを「発酵したから生まれたもの」と漠然と受け止めていました。

けれど今回の総説を読むと、その短い言葉の内側で、想像以上に多くの反応が起きていることが分かります。

乳酸菌は、材料に含まれる糖やアミノ酸、脂質などを利用しながら生きています。その過程で生じる乳酸、酢酸、アルコール、アルデヒド、エステル、硫黄を含む化合物などが複雑に重なり、私たちが感じる香りや味の一部になります。

つまり、味噌や漬物の香りは、最初から材料の中に完成した形で入っているわけではありません。原料と微生物、温度、時間、塩分などが重なり、少しずつ形づくられていきます。

発酵とは、材料をただ古くすることではなく、目に見えない小さな変化を積み重ね、新しい風味を生み出す営みなのだと、あらためて感じました。

もっとも、この総説が詳しく扱っているのは、乳製品を中心とした世界のさまざまな発酵食品です。味噌を個別に分析した研究ではありません。そのため、総説に書かれた一つひとつの仕組みを、そのまま私の味噌やぬか床に当てはめることはできません。

それでも、糖、たんぱく質、脂質が微生物によって変化し、風味につながっていくという大きな考え方は、発酵食品を見るための新しい視点を与えてくれます。

特に面白かったのが、同じ乳酸菌と呼ばれるものでも、菌の種類や菌株によって、持っている酵素や得意な代謝経路が違うという点です。

人間から見れば、どれも小さな乳酸菌です。しかし実際には、酸味をつくることが得意な菌もいれば、香りに関わる成分を生み出しやすい菌もいます。同じ種に分類される菌でも、菌株が違えば働き方が変わることがあります。

発酵食品の味が、地域や蔵、家庭によって違う理由の一部には、こうした微生物の顔ぶれの違いも関係しているのかもしれません。ただし、材料や製法、熟成期間なども関わるため、すべてを菌だけで説明することはできません。

発酵食品の香りは、一種類の菌だけでつくられるとも限りません。乳酸菌だけでなく、酵母、麹菌などの糸状菌、その他の細菌が、一緒に働くことがあります。

ある微生物が材料を分解し、そこで生まれたものを別の微生物が利用する。酵母がつくったエタノールが、エステルという香りの成分をつくる材料になる。こうした受け渡しが重なることで、一つの菌だけでは生まれにくい複雑な風味ができていきます。

私は、その様子を知ると、発酵食品の中には小さな共同作業の場があるように感じます。

もちろん、微生物が人間のために相談しながら働いているわけではありません。それぞれが自分の生命活動を続けた結果として、私たちにとって好ましい香りや味が残ります。その偶然の積み重ねを、人間が長い年月をかけて観察し、食文化として育ててきたのでしょう。

昔の人は、遺伝子も代謝経路も知りませんでした。それでも、気温を感じ、材料に触れ、香りを確かめながら、発酵の状態を見極めてきました。

味噌を仕込む季節、麹と塩の割合、容器を置く場所、熟成させる時間。そうした経験の一つひとつには、当時は言葉にできなかった科学的な理由が隠れていたのかもしれません。

現代では、オミクスと呼ばれる技術によって、発酵中にどの微生物がいて、どの遺伝子やたんぱく質が働き、どのような代謝物が生まれているのかを、以前より詳しく調べられるようになりました。

職人が香りや手触りで感じ取ってきた変化を、科学が遺伝子や分子の言葉で説明しようとしている。その二つは、どちらかが正しく、どちらかが古いという関係ではないと思います。

経験があったからこそ、おいしい発酵食品が受け継がれてきました。そして科学による分析が加われば、なぜその条件でうまくいくのか、なぜ風味が変わるのかを、さらに深く理解できるようになります。

伝統と科学が出会うところに、これからの発酵食品の面白さがあるのだと思います。

一方で、私が気をつけたいと感じたのは、「香りの違い」を何でも発酵の個性として受け入れてはいけないということです。

温度や塩分、菌の構成によって風味が変わることはあります。しかし、いつもと違うにおいが、好ましい発酵によるものとは限りません。望ましくない微生物が増えたり、腐敗が起きたりしている可能性もあります。

「発酵食品なのだから、少しくらい変わっても大丈夫」と考えるのは危険です。香りだけで安全性を判断することもできません。

家庭で味噌や漬物を仕込むときは、信頼できる作り方に従い、材料や道具を清潔に扱い、塩分や温度を適切に管理することが基本です。いつもと明らかに違う外観やにおいがあるときは、味見をして確かめようとせず、食べない判断も大切にしたいと思います。

記録を残すことも役に立ちそうです。仕込んだ日、材料の量、塩の割合、その日の気温や置いた場所。こうしたことを書き留めておけば、前年との違いを考える手がかりになります。

ただし、記録があるから安全ということではありません。記録はあくまで、条件と出来上がりの関係を振り返るためのものです。安全に関わる基本を守ったうえで、発酵の変化を楽しむために使いたいと思います。

私はぬか床を混ぜるとき、日によって少し違う香りを感じることがあります。気温が高い日、野菜を多く漬けた日、しばらく混ぜる間隔が空いた日。同じぬか床でも、毎日まったく同じではありません。

以前なら、「今日は少し違うな」と感覚だけで終わっていました。しかし今回の総説を読むと、その奥で糖やアミノ酸などが変化し、微生物の組み合わせや環境によって、つくられる成分も変わっているのだろうと想像できます。

見えないものを、少しだけ具体的に思い描けるようになった気がします。

発酵食品の魅力は、科学的な仕組みを知らなくても味わえます。それでも、なぜ酸味が生まれるのか、なぜバターのような香りや果物のような香りを感じることがあるのかを知ると、一口の中にある奥行きが増します。

おいしいという感覚と、科学的に理解することは、別々のものではありません。仕組みを知ることで、いつもの香りをより丁寧に感じられるようになることもあります。

今回の総説は、発酵食品に健康効果があるかを調べたものではありません。香りが豊かな食品ほど体によい、という話でもありません。扱っているのは、乳酸菌などの微生物が、風味に関わる成分をどのようにつくるかという食品科学の世界です。

私は、こうした健康効果とは別の角度から発酵を知る記事も、大切にしていきたいと思っています。

発酵食品の価値を、いつも「体に効くかどうか」だけで考える必要はありません。香りがおいしい。食卓が楽しくなる。地域ごとに異なる文化が受け継がれている。それだけでも、発酵食品には十分な魅力があります。

健康のために食べなければならないものとしてではなく、長い時間をかけて人と微生物が育ててきた、おいしい食文化として向き合う。そのほうが、私には自然です。

次に味噌の蓋を開けるとき、あるいはぬか床を混ぜるとき、そこから立ち上がる香りを、少しゆっくり確かめてみたいと思います。

その香りの奥では、乳酸菌、酵母、麹菌などが関わり、数え切れないほどの小さな反応が積み重なっています。私たちが感じる一瞬の香りには、材料と微生物と時間の長い物語が閉じ込められているのかもしれません。

発酵の香りは、目に見えない変化が、私たちの感覚に届いたものです。その仕組みを知ると、いつもの味噌や漬物が、また少し面白く感じられます。

※本記事の画像は、発酵に関わる微生物や発酵食品を表現したイメージ画像であり、論文で扱われた菌株や実際の乳酸菌を撮影したものではありません。

参考文献 Borthakur D., Sharma B.K., Duncan T. (2026) Sustainable flavor engineering in fermented foods: biochemical routes and technological applications of lactic acid bacteria. Frontiers in Industrial Microbiology, Volume 4. DOI: 10.3389/finmi.2026.1834783


香りの奥では、今日も小さな反応が積み重なっている。

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。