納豆の摂取習慣と死亡リスクの関連を調べた研究――65歳以上の男性1,548人、平均12年の追跡からのアイキャッチ画像

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納豆の摂取習慣と死亡リスクの関連を調べた研究――65歳以上の男性1,548人、平均12年の追跡から


納豆のある食卓(AI生成のイメージ。研究で用いられた食品や特定の商品を撮影したものではありません)

この記事について この記事は、査読付き学術誌に掲載された研究論文の内容を紹介するものです。特定の食品が病気を予防・治療することを示すものではなく、また健康効果を保証するものでもありません。ここで紹介するのは「観察研究」と呼ばれる種類の研究で、原因と結果の関係を証明するものではない点に、あらかじめご留意ください。持病のある方や薬を服用中の方は、食事内容の変更について主治医にご相談ください。

日本の食卓に、あたりまえのように並んできた納豆。その納豆を「どのくらいの頻度で食べているか」と、その後の十数年の健康との関わりを追いかけた研究が、2025年に発表されました。

掲載されたのは『Clinical Nutrition ESPEN』という栄養学の査読付き学術誌です。研究を行ったのは、関西医科大学 衛生・公衆衛生学講座を中心に、大阪医科薬科大学・近畿大学・名古屋大学など複数の大学が加わった日本の研究チームです。

日本人が日本人を対象に、長い年月をかけて追いかけた研究です。海外の研究を輸入して当てはめるのではなく、私たちの食習慣そのものを扱っている点に、この研究の意味があります。

どんな研究だったのか

研究チームが用いたのは「前向きコホート研究」と呼ばれる手法です。

まず、地域で暮らす65歳以上の男性2,174人に参加してもらいました。研究の出発点で、食習慣を含むアンケート調査に答えてもらったのが2,012人。その後、5年後と10年後に追跡調査を行い、最終的に解析の対象となったのは1,548人でした。

追跡した期間は、平均で12.0年。人数と年数をかけ合わせた「人年(じんねん)」という指標では、18,553.3人年にのぼります。研究の設計としては、約15年におよぶ追跡を見込んだ長期の調査でした。

この間に確認された死亡は430件。この430件という数字と、それぞれの人の納豆の食べ方を照らし合わせたのが、今回の分析です。

納豆の摂取については、参加者本人がアンケートに回答する形式でたずねられました。「食べていない」「週に数パック」「1日1パック以上」といった区分です。

報告された数字を、そのまま見てみる

結果は「ハザード比」という指標で示されています。これは、比較の基準にした群を1.00としたときに、その出来事が起きやすいかどうかを表す数字です。1.00より小さければリスクが低い傾向、大きければ高い傾向を意味します。

「納豆を食べていない」群を基準としたとき、報告された数字は次のとおりでした。

  • 週に数パック:ハザード比 0.603(95%信頼区間 0.441〜0.825)
  • 1日1パック以上:ハザード比 0.786(95%信頼区間 0.539〜1.145)

さらに、開始時と5年後の回答を組み合わせた分析も行われています。基準になったのは「開始時と5年後のどちらでも摂取なし」の群です。これと比べたとき、「開始時と5年後が『週に数パック』と『1日1パック』の組み合わせ、または両時点とも『週に数パック』」にあたる群のハザード比が0.700(95%信頼区間 0.507〜0.966)と報告されました。

ただしこれは、2回のアンケート回答を組み合わせたものです。調査の間もずっと同じ食べ方を続けていたことを、直接確認したものではありません。

研究チームの結論は、「納豆の習慣的な高摂取、とくに長期にわたるものが、高齢男性における全死亡リスクの低下と関連していた」というものでした。

「信頼区間」という、地味だけれど大切な数字

ここで、かっこの中の「95%信頼区間」に目を向けたいと思います。この数字を無視すると、研究の結果を実際より強く受け取ってしまうことがあるからです。

信頼区間は、ざっくり言えば「本当の値はこのあたりの範囲にありそうだ」という幅を示すものです。この幅が1.00をまたいでいる場合、「差がなかった可能性も否定できない」と解釈されます。

その目で先ほどの数字を見直すと、様子が変わってきます。

「週に数パック」の群は、0.441〜0.825。この範囲は1.00をまたいでいません。統計的に意味のある差として扱える結果です。

一方で「1日1パック以上」の群は、0.539〜1.145。こちらは1.00をまたいでいます。つまり、この群については「差があったとは言い切れない」という慎重な読み方が必要になります。

たくさん食べるほど良い結果になった、という単純な図式にはなっていないのです。研究チーム自身も、この点を含めて数字をそのまま報告しています。

ここで気をつけたいのは、この二つの数字がどちらも「食べていない群」と比べたものだ、という点です。「週に数パック」と「1日1パック以上」を直接比べた結果ではありません。

ですからこの結果だけでは、「週に数パック」と「1日1パック以上」のどちらがよいかは判断できません。健康のために勧められる摂取頻度を決める研究ではありません。

観察研究にできること、できないこと

この研究は、参加者に何かを食べてもらう実験ではありません。もともとの食習慣を記録し、その後を追いかけた「観察」です。

この種の研究には、構造的な限界があります。

ひとつは、原因と結果の関係を示せないこと。納豆をよく食べる人の死亡リスクが低かったとしても、「納豆がリスクを下げた」と結論することはできません。納豆をよく食べる人は、ほかの食習慣も整っているかもしれない。運動習慣や、経済状況、もともとの健康状態が違うかもしれない。こうした「交絡因子」と呼ばれる要素は、統計的にある程度調整できても、完全には取り除けません。

もうひとつは、摂取量が自己申告であること。人の記憶と申告には、どうしてもずれが生じます。

さらに、この研究の対象は65歳以上の日本人男性に限られています。女性や、より若い世代に同じことが当てはまるかは、この研究からは分かりません。

こうした限界があるからこそ、ひとつの研究を決定打として受け取るのではなく、複数の研究を重ねて見ていくことが大切になります。

大きな流れの中に置いてみる

納豆と健康の関わりについては、これ以前にも大規模な調査があります。

国立がん研究センターが進めてきた「多目的コホート研究(JPHC研究)」です。全国11地域で、5年後調査に回答した45〜74歳の92,915人(男性42,750人・女性50,165人)を平均14.8年追跡し、13,303件の死亡を分析した結果が、2020年に『BMJ』誌に発表されました。

この研究では、納豆や味噌といった発酵性大豆食品をまとめた摂取量が多い群で、総死亡リスクが低い傾向が男女ともに報告されています(最多群と最少群の比較で、男性0.90、女性0.89)。

ただし、発酵性大豆食品全体の結果と、納豆単独の結果は区別する必要があります。国立がん研究センターの解説によれば、納豆単独と総死亡との関連について、女性では摂取量が多いほどリスクが低下していた一方、男性ではその傾向は見られませんでした。今回の研究と結果がすべて一致しているわけではありません。

一方、循環器疾患による死亡との関連については、納豆の摂取量が多いほどリスクが低下する傾向が男女ともに報告されています。

ただし、この大規模研究の著者らも「調整しきれない交絡が残っている可能性があるため、慎重に解釈すべきだ」と述べています。規模が大きくなっても、観察研究であるという性質は変わりません。

今回の関西医科大学らの研究は、この大きな流れの中に、高齢男性という限定された集団を長期に追った一本の線を加えたものと位置づけられます。

規模の大きな研究と、対象を絞った研究。どちらが優れているという話ではなく、それぞれ見える角度が違います。こうした研究が積み重なることで、輪郭が少しずつはっきりしていきます。

納豆に含まれているもの

納豆について、成分レベルで分かっていることも整理しておきます。ただし、これらの成分が今回の研究結果を説明するかどうかは、別の問題です。研究はあくまで「食品としての納豆」と結果の関連を見ているにすぎません。

納豆は、蒸した大豆を納豆菌(Bacillus subtilis var. natto)で発酵させた食品です。大豆そのものが持つたんぱく質・食物繊維・イソフラボンに加え、発酵の過程で生まれる成分が含まれます。

よく知られているのは、ビタミンK2(メナキノン-7)です。納豆は食品の中でもとくに含有量が多いことが知られています。また、納豆菌が作り出す酵素であるナットウキナーゼについても、さまざまな研究が行われてきました。

とはいえ、こうした個別の成分と健康との関わりについては、研究段階のものも多く、確立した結論に至っていないものが少なくありません。「この成分が効く」という単純な話にはなりにくい、というのが現時点の理解です。

気をつけたいこと

納豆を食生活に取り入れるにあたって、注意が必要な場合があります。

もっとも知られているのが、ワルファリン(抗凝固薬)を服用している方です。この薬はビタミンKの働きを抑えることで効果を発揮するため、ビタミンK2を多く含む納豆は薬の効きを弱めます。

**ワルファリンを服用している方は、納豆を食べないでください。**服薬との間隔を空けても影響を避けられません。薬を自己判断で中止することもせず、不明な点は医師・薬剤師に確認してください。

また、納豆に添付されているタレには塩分が含まれます。血圧の管理を医師から指導されている方は、タレの使用量にも意識を向けたいところです。

大豆製品にアレルギーのある方も、当然ながら対象外となります。

この研究から言えること

今回の研究では、調査開始時に納豆を「週に数パック」食べると回答した高齢男性の群で、「食べない」と回答した群より、全死亡リスクが低い関連が観察されました。ただし、納豆を食べることが死亡リスクを下げたとは結論できません。

それでも、いくつか受け取れることはあります。

ひとつは、観察されたのが特別な量ではなく、日常的な食習慣の範囲だったということ。ただし二つの摂取群は、それぞれ「食べていない群」と比べられたものです。どちらの頻度がよいかを示すものではありません。

もうひとつは、開始時と5年後の回答を組み合わせた分析でも、特定の摂取パターンの群で関連が報告されたという点です。ただしこれも、調査の間ずっと同じ食べ方を続けていたことを確認したものではありません。

今回の研究では、特定の高齢男性の集団で、納豆の摂取習慣と死亡リスクとの関連が観察されました。ただし、納豆を食べ始めたり、食べる回数を変えたりすることで、寿命が延びると示したものではありません。納豆を食べない人が、それだけで健康に不利になると判断することもできません。

ひとつの食品に結論を求めず、研究の対象と限界を踏まえて受け止めたいと思います。


Toshiより

納豆は、私にとって特別な食べ物というより、いつもの食卓にある身近な存在です。だからこそ、納豆を食べる習慣と死亡リスクの関連を調べた研究があると知ると、やはり気になります。普段口にしているものが、長い時間のなかで体とどんな関わりを持つのか。今回の記事も、そんな素朴な関心から読み始めました。

最初に目に留まったのは、「週に数パック」という言葉でした。珍しい食材でも、特別な調理法でもなく、スーパーで見かける納豆を日々の食事で食べる。その身近さが、研究を自分の暮らしに引き寄せて感じさせます。ただ、読み進めていくうちに、身近な話だからこそ、結果を都合よく受け取らないようにしたいとも思いました。

例えば、「納豆を食べる人の死亡リスクが低かった」と聞けば、「それなら納豆を食べれば長生きできるのかな」と考えたくなります。私も、見出しだけを読んでいたら、そこまで話を進めてしまったかもしれません。でも、今回調べられたのは、食べ方の違う人たちを追いかけたときに、どのような関連が見られたかということです。納豆を食べるようにした結果、寿命が延びたと確かめたわけではない。この違いは、記事を読むうえで忘れたくないと感じました。

食事の習慣は、その人の暮らしの一部分です。納豆を食べているかどうかのほかにも、何を食べているのか、どれくらい体を動かしているのか、どんな環境で生活しているのか。人の暮らしには、いろいろなことが重なっています。そのなかから、納豆だけの影響を取り出して考えるのは簡単ではないのだろうと思います。ひとつの食品について書かれた記事でも、背景には人それぞれの生活がある。そのことを想像しながら読む必要があるのだと感じました。

今回、特に印象に残ったのは、数字があるからといって、答えがひとつに決まるわけではないという点です。小数点まで示された数字を見ると、私はつい「ここまではっきり分かっているんだ」と受け止めそうになります。でも、その数字にも幅があり、比較の仕方があり、言えることと言えないことがあります。数字を載せるだけでなく、どう読めばよいかまで説明することが、こうした記事には必要なのだと思いました。

「週に数パック」と「1日1パック以上」という区分についても、気をつけたいと思いました。数字を並べられると、どちらの食べ方がよいのか、順位を付けたくなります。でも、今回紹介された結果だけで、毎日食べるより週に数回の方がよいとは決められません。研究に登場した食べ方の区分と、自分に勧められる食べ方は、そのまま同じにはならないのですね。私自身も、数字を食生活の正解に置き換えないようにしたいです。

また、「長く続けて食べていた」という表現について考えたことも、印象に残りました。開始時と5年後に同じような回答があったとしても、その間の毎日の食卓まで見ていたわけではありません。普段の会話なら何気なく使う「続けていた」という言葉にも、読んだ人が想像する内容があります。文章を分かりやすくしようとして言い換えたつもりが、元の情報より意味を広げてしまうことがある。これは、記事を書く側として大切に受け止めたい点です。

私は発酵食品に関心があるので、納豆についてよい方向の結果を聞くと、うれしい気持ちになります。その気持ち自体は自然なものだと思います。ただ、好きな食べ物だからこそ、期待に合うところだけを拾ってしまわないようにしたいです。自分が紹介したい食品の話でも、分からない部分や、ほかの研究と一致しない部分を含めて読む。その姿勢を、ブログでも大事にしたいと思いました。

過去の研究と今回の研究で、結果がすべて同じではないという点も、私には大切でした。似たテーマの研究がいくつもあると、同じ結論が積み重なっているように感じがちです。でも、対象となった人や、調べた食品のまとめ方、見ている結果が違えば、簡単にはひとくくりにできません。どの部分が共通していて、どの部分が違うのか。そこまで見ないと、研究を並べるだけで実際以上に強い印象を作ってしまうのかもしれません。

そして、「死亡リスク」という言葉の重さについても考えました。研究では必要な言葉でも、日常のなかで読むと、不安につながることがあります。納豆が苦手な方や、食べる習慣のない方が、「食べない自分はよくないのかな」と感じてしまう記事にはしたくありません。今回の結果から、一人ひとりの将来が分かるわけではありませんし、納豆を食べないことだけで、その人の食生活全体を評価することもできません。読んだ後に食卓への不安が増えるような伝え方は、避けたいと思います。

食べ物について考えるときは、その人の事情も大切です。好みだけでなく、アレルギーや服用している薬などによって、食べられるものは違います。今回の記事にあるワルファリンの注意事項も、そうした違いを忘れないために必要だと感じました。私が納豆に親しみを感じているからといって、誰にでも同じように勧められるわけではありません。食べることを勧める言葉には、受け取る人の生活への想像が必要なのだと思います。

一方で、注意することばかりを並べて、食べる楽しさまで小さくしたくはありません。私にとって、食品への関心は、健康の話だけではないからです。味や香り、食感、作り方、食卓での取り合わせ。納豆にも、そうした楽しみ方があります。研究結果を理由に無理に食べ始めたり、食べる量を増やしたりするのではなく、自分の好みや事情に合った食卓を考えたい。そのなかで、食品の背景を知ることが楽しみにつながれば、うれしいです。

今回の記事を読んで、私が持ち帰りたいと思ったのは、「納豆を何パック食べればよいか」という答えではありません。身近な食べ物についても、自分の期待と、研究で確かめられた範囲を分けて考えることです。興味を持つことと、すぐに結論を出すことの間には、少し立ち止まる時間があってよいのだと思いました。「まだ分からない」と受け止めることも、情報をきちんと読むことの一部なのですね。

ブログを書くときも、その立ち止まる時間を大切にしたいです。目を引く言葉だけを選ぶのではなく、どんな人を対象に、何と何を比べた研究なのかを伝える。感想を書くなら、研究の結果とは区別して、私自身がどう感じたのかを書く。読者の方が、ご自身の暮らしにどう関わる話なのかを落ち着いて考えられるように、言葉を選んでいきたいと思います。

納豆という身近な食べ物を入り口に、今回は情報の受け取り方や、伝え方まで考えることになりました。いつもの食卓にあるものにも、知らなかった研究や、簡単には答えの出ない問いがある。私はそこに面白さを感じます。これからも発酵食品への関心を持ちながら、好きだからこそ言いすぎないこと、分からないことを分かったように書かないことを大切にしていきたいです。


参考:Fujita Y, et al. “A 15-year cohort study of self-reported fermented soybean (natto) intake and all-cause mortality in elderly men.” Clinical Nutrition ESPEN. 2025;68:699-706.

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。