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発酵の過程で、菌たちはどう関わり合っているのか|微生物の「生態」を整理した総説


味噌、醤油、ヨーグルト、チーズ、キムチ、パン。

世界中の食卓に並ぶ発酵食品は、いずれも微生物の働きによって生まれる。では、その内側で、微生物たちはどのように関わり合っているのだろうか。

発酵食品の中の微生物の相互作用と生態を整理した総説(レビュー論文)が、学術誌「Nature Reviews Microbiology」に2025年に発表された。米国のネブラスカ大学リンカーン校、食科学技術部およびネブラスカ食と健康センターの研究者らによるものである。

今回はこの論文を手がかりに、発酵食品の中に広がる「小さな社会」をのぞいてみたい。

発酵食品とは、微生物を意図的に育てる食品

まず、この総説の出発点を確認しておきたい。

論文は発酵食品を、「微生物を意図的に生育させることによって製造される食品」と位置づけている。そして、発酵食品は人間の食生活のなかで、最も広く食べられている食品の一つだと述べる。

ここでいう発酵食品とは、製造過程で微生物を意図的に働かせた食品を指す。完成した食品に、必ず生きた微生物が含まれているという意味ではない。パンのように加熱される食品や、製造後に殺菌される製品では、生きた菌がほとんど残らない場合もある。

ここで重要なのが、微生物が生み出す代謝産物だ。有機酸やエタノールといった成分が生まれることで、食品の保存性が高まる方向に働く。ただし、発酵と腐敗の区別が、特定の代謝産物だけで決まるわけではない。関わる微生物や製造条件、最終的な安全性、人にとって利用できる変化かどうかなどを含めて考える必要がある。

昔の人は、冷蔵庫のない時代に、この仕組みを経験的に利用してきた。発酵は、おいしさを生む技術であると同時に、食べ物の保存性を高め、望ましくない微生物が増えにくい状態へ導くための知恵でもあった。

少数が主役の発酵、多様な菌が関わる発酵

この総説が整理しているポイントの一つが、発酵食品ごとの「菌の顔ぶれの違い」である。

論文によれば、発酵食品には幅がある。系統的な多様性が限られた、数種類の微生物によって支配されるものもあれば、多様な微生物群集が協調して働くものもある、という。

たとえばヨーグルトは、決まった乳酸菌のスターターを加えて作られる。関わる菌の種類は比較的しぼられている。一方、伝統的な味噌やチーズの熟成、キムチのような発酵では、原料や環境に由来するさまざまな菌や酵母が入れ替わりながら関わっていく。

同じ「発酵食品」という言葉でも、その中身は一様ではない。菌が少数精鋭で働く発酵と、多様な顔ぶれが折り重なる発酵とでは、成り立ち方がまるで違うのである。

助け合い、競い合う、菌たちの関係

では、複数の菌が関わるとき、その間ではどんなことが起きているのか。

一つは、助け合いだ。ある菌が原料を分解して生み出した物質を、別の菌が栄養として利用する。こうした受け渡しによって、単独では進みにくい発酵が前へ進んでいくことがある。

もう一つは、競い合いだ。菌どうしは、栄養や居場所をめぐって競合する。たとえば乳酸菌が酸をつくって環境を酸性に傾けると、その条件が苦手な菌は増えにくくなる。

さらに、発酵の途中で主役が入れ替わっていくこともある。たとえば野菜の発酵では、初めに働く菌と、環境が酸性になってから増える菌とが移り変わっていくことが知られている。条件が変われば、活躍する菌も変わる。発酵は、はじめから終わりまで同じ顔ぶれで進むわけではないのである。

こうした協力と競争、そして移り変わりの積み重ねが、最終的な味や香り、質感を形づくっていく。発酵食品の個性は、一つの菌だけでなく、菌どうしの関係からも生まれているのかもしれない。

製造条件を整えることで、できること

総説は、実際のものづくりにも触れている。

製造の条件を工夫することで、伝統的な発酵食品の品質と持続可能性を高めることができる、と論文は述べる。温度、時間、塩分、原料の状態といった条件は、どの菌が優勢になるかを左右する。条件を理解し、整えることは、菌の顔ぶれを望ましい方向へ導くことにつながる。

ここでも大切なのは、菌まかせにするのではなく、条件を適切に管理するという視点である。伝統的な発酵食品づくりが、長い経験に支えられてきた理由も、そこにあるのだろう。

なお、これは工程が適切に管理されてこそ成り立つ話でもある。家庭で発酵食品をつくる場合は、信頼できる作り方に従い、原料や容器を衛生的に扱うことが欠かせない。「置いておけば自然に発酵する」という単純な話ではない点は、あらためて確認しておきたい。

食べた後の腸内での動きは、研究が進んでいる段階

総説はさらに、発酵食品に由来する微生物が、人の腸内でどのような生態的影響を持つのかについての、最近の研究も検討している。

発酵食品を機能性のある食品として捉える可能性と、その安全性の両面から、研究が進められている段階だという。

ここは慎重に受け止めたい。本記事は、発酵食品に含まれる微生物の生態を整理した総説の紹介であり、特定の食品による健康効果を保証するものではない。発酵食品由来の微生物が、食べた人の腸に定着することや、腸内環境を改善することが一律に確認されたわけでもない。

どの菌が、どれだけ、どのように腸に関わるのか。それを一つずつ確かめていく作業が、いま進んでいるところである。期待と検証は、分けて考えたい。

小さな社会を、のぞいてみる

この総説を読むと、発酵食品が「菌の生態系」であることが、あらためて見えてくる。

一杯の味噌汁、一切れのチーズ、一皿のキムチ。それらが出来上がるまでの過程では、助け合い、競い合う微生物の関係が働いている。完成後に生きた菌が残っているとは限らないが、その営みの結果は、味や香り、質感の中に表れている。

私たちが味わっているのは、単なる食材の変化ではなく、小さな社会が積み重ねた時間なのかもしれない。次に発酵食品を口にするとき、その背景で働いた関係のことを、少しだけ想像してみたい。

なお、原論文では、著者の一部がSynbiotic Healthとの経済的利害関係を開示している。

Toshiより

発酵食品について調べていると、つい「この食品には、どんな菌が入っているのだろう」と考えてしまいます。乳酸菌、酵母、麹菌、納豆菌など、発酵食品ごとに代表的な菌の名前が紹介されることが多いからです。

しかし今回の総説を読むと、発酵食品を理解するためには、菌の名前を一つずつ覚えるだけでは足りないことが分かります。大切なのは、どんな菌がいるかだけではなく、その菌どうしがどのように助け合い、競い合い、入れ替わりながら発酵を進めているのかという「関係」なのだと思いました。

ある菌が原料を分解し、そこで生まれた成分を別の菌が利用する。乳酸菌が酸をつくることで環境が変わり、その環境に適した別の菌が増えていく。反対に、栄養や居場所をめぐって競争し、一方の菌が増えることで、ほかの菌が減っていく場合もあります。

発酵は、一つの菌が最初から最後まで同じ仕事を続ける、単純な作業ではありません。時間の経過とともに、温度や酸性度、栄養の状態が変わり、それに合わせて菌の顔ぶれや役割も変化していきます。

たとえるなら、発酵は一人の名人がすべてを完成させる仕事というより、多くの参加者が順番に役割を受け渡していく共同作業に近いのかもしれません。ただし、いつも仲良く協力しているわけではなく、ときには競い合いながら、結果として一つの発酵食品が出来上がっていきます。

私たちは日常会話の中で、「善玉菌」「悪玉菌」という分かりやすい言葉を使います。しかし、微生物の世界は、それほど単純には分けられないのでしょう。同じ菌でも、置かれた環境や量、ほかの菌との組み合わせによって、働き方が変わることがあります。

ある食品では大切な役割を果たす菌でも、別の食品や管理されていない環境では、望ましくない変化に関わるかもしれません。菌の名前だけを見て「良い菌だ」「悪い菌だ」と決めつけるのではなく、どのような環境で、どのような関係の中にいるのかを見る必要があるのだと思います。

ヨーグルトのように、比較的限られた種類のスターター菌を使って発酵させる食品があります。一方で、一部の伝統的な味噌、熟成チーズ、キムチなどでは、原料や製造環境に由来する多様な微生物が関わることがあります。

同じ「発酵食品」という言葉で呼ばれていても、そのつくられ方は一様ではありません。少数の菌を選んで安定的に働かせる発酵もあれば、複雑な微生物の移り変わりを利用する発酵もあります。どちらが優れているということではなく、それぞれに異なる仕組みと目的があるのでしょう。

この視点に立つと、昔から受け継がれてきた発酵食品づくりの見え方も変わってきます。

昔の人は、微生物を顕微鏡で見ることも、遺伝子を調べることもできませんでした。それでも、温度、時間、塩の量、原料の状態、香りや手触りの変化を細かく観察し、望ましい発酵へ導く方法を積み重ねてきました。

それは、菌の名前を知らなくても、菌が暮らす環境を整える技術を持っていたということです。発酵食品をつくる職人は、直接菌を動かしているのではなく、菌が働きやすい条件を用意し、望ましくない変化が起きにくいように見守ってきたのだと思います。

伝統的な発酵技術は、言い換えれば、経験によって育てられた微生物生態系の管理技術なのかもしれません。

今回の総説では、現代の技術によって、伝統的な発酵食品の品質や持続可能性を高める可能性も整理されています。発酵中の菌の構成や代謝産物を調べられるようになれば、なぜある仕込みはうまくいき、別の仕込みでは風味が変わったのかを、以前より詳しく理解できるようになります。

ただし、科学によってすべてを同じ味にすることが正解だとは思いません。発酵食品には、地域、季節、原料、つくり手による違いがあります。その違いが、土地ごとの食文化や味の個性を生み出してきました。

守るべき個性と、避けるべき品質の不安定さを区別する。そのために科学的な分析を利用することが、伝統と現代技術のよい付き合い方ではないでしょうか。

一方で、「自然の菌を使う」という言葉を、無条件に安全なものとして受け取らないことも大切です。

発酵は、食品をただ常温で置いておけば自然に成功するというものではありません。原料や容器が不衛生だったり、塩分、温度、時間などの条件が適切でなかったりすれば、望ましくない微生物が増える可能性があります。

見た目や香りだけでは、安全性を判断できない場合もあります。家庭で発酵食品をつくるときは、信頼できる作り方を守り、自己流で保存条件を大きく変えないことが大切だと思います。発酵の面白さと食品の安全性は、分けて考えることができません。

もう一つ、今回の記事で忘れたくないのは、すべての発酵食品に生きた菌が残っているわけではないということです。

パンは、製造途中で酵母が働きますが、最後に高温で焼かれます。味噌も、味噌汁にすれば加熱されます。ヨーグルトや発酵飲料にも、製造後に加熱殺菌される商品があります。

そのため、「発酵食品を食べること」と「生きた菌を食べること」は、必ずしも同じではありません。それでも、菌が発酵中につくった酸や香りの成分、原料を分解した結果などは、完成した食品に残ります。

私たちが味わっているのは、生きた菌そのものだけではなく、菌が食品を変化させた結果でもあるのです。

腸内環境との関係についても、冷静に受け止めたいと思います。発酵食品由来の微生物が、食べた後に腸内でどのように振る舞うのかは、研究が進められている途中です。

食品に菌が含まれているからといって、その菌が必ず生きたまま腸へ届き、定着するとは限りません。また、同じ食品を食べても、もともとの腸内環境や体質、食生活によって、受ける影響は違う可能性があります。

「発酵食品を食べれば腸内環境が必ず改善する」といった単純な話ではありません。期待されている可能性と、人で確認されている事実を分けて考えることが大切です。

それでも私は、発酵食品の魅力が小さくなるとは思いません。むしろ、健康に関する大きな言葉をつけなくても、発酵食品には十分な価値があります。

味噌の香り、醤油のうま味、ヨーグルトの酸味、チーズの複雑な風味、キムチの変化していく味わい。これらは、原料だけでは生まれなかったものです。微生物が時間をかけて働き、互いに影響し合った結果として生まれています。

私たちは、完成した食品しか見ることができません。しかし、その背景では、目に見えない菌たちが環境に応じて増えたり減ったりしながら、物質を受け渡し、食品の姿を変えてきました。

発酵食品を「体に良さそうな食品」としてだけ見るのではなく、自然と人間の技術が一緒につくり上げた食文化として味わう。今回の総説は、そんな見方を私に与えてくれました。

次に味噌汁を飲んだり、パンやチーズを食べたりするときには、完成品の中に生きた菌がいるかどうかだけでなく、そこに至るまでの発酵の時間を想像してみたいと思います。

発酵食品の個性は、一つの特別な菌だけがつくるものではありません。菌どうしの協力や競争、環境の変化、そしてそれを見守り、整えてきた人の知恵が重なって生まれています。

一つの食品の中に、これほど複雑な関係と長い時間が詰まっている。そのことを知ると、いつもの発酵食品が、これまでより少し奥行きのあるものに見えてきます。


おいしさの正体は、一つの菌ではなく、菌どうしの関係のなかにあるのかもしれない。

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。