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端午の節句の朝、走ってきた。50代の私が気づいた"節句"の意味


今日は5月5日、端午の節句だ。こどもの日とも呼ぶ。もう子供ではない私にとって、今日は何の日なのだろうと思いながら、朝のジョギングシューズを履いた。

GW後半の朝に走る

街はいつもより少し静かだった。走り出してみると、数日前とは景色が変わっていて、芽吹いたばかりのみずみずしい若い緑が目に入った。

やわらかな葉からは、どこか柏餅を思わせるような、ほんのり甘い香り。風もやさしくて、自然と気持ちが軽くなっていった。

こうした春から初夏にかけての、若々しい緑に包まれる季節のことを「新緑」という。冬のあいだ葉を落としていた木々が、新しい命を広げるこの時期。出たての葉はやわらかく、明るい黄緑色をしていて、見ているだけで元気をもらえる気がする。

ジョギング開始5分。ほんの少し外に出るだけで、季節の変化に気づける。そんな朝のひとときだった。

今日のランニングデータ

この日のランニングを記録しておく。

距離は10.3km。タイムは約57分。平均ペースは5分31秒/km。GWで少し休んでいたせいか、体がやや重かったが、走り出してしまえば問題なかった。

連休最終日に近い5月5日。次は平日の週が始まる。走れるのはまた週末になるだろう。この清々しい空気の中で走れたことに、素直に感謝した。

端午の節句の朝のランニングデータ

5月5日のランニング記録を残しておく。

距離10.3km、タイム57分08秒、平均ペース5分33秒/km。平均心拍数は約142bpm。消費カロリーは718kcal。

GW中の走りとしては、少しペースが落ちた。前日にGW最終日のごちそうを食べすぎたせいかもしれない。体が少し重かった。でも走り始めれば気にならなくなる。足が動けば、それでいい。

走りながら何を考えていたかというと、「今日は何を食べよう」ということだ。端午の節句だから、何か特別なものを作りたい気持ちがあった。柏餅も食べたい。でも自分では作れないから、近所の和菓子屋で買うことにした。

柏餅と発酵のつながり

走りながら、柏餅のことを考えていた。

端午の節句と言えば柏餅とちまき。柏餅そのものは発酵食品ではないが、同じ稲作文化の中で、米や米麹を使った発酵食品と深くつながっている。麹菌は稲穂に、納豆菌は稲わらに付くなど、日本の発酵は昔から稲作と結びついてきた。

昔の人は、季節の変わり目を「体がゆらぎやすい時期」と見て、食べ方や暮らし方で調整していた。端午の節句に柏餅やちまきを食べるのも、節目に「体と心を整える」習慣の一部だ。発酵もまた、素材をそのまま食べるのではなく、時間をかけて「整える」技術だ。

節句と発酵。まったく違うものに見えて、その根っこには「季節に合わせて体を整える」という同じ考え方がある。

50代の節句の楽しみ方

子どもの頃は、こどもの日といえばお菓子をもらったり、ゲームをしたりする日だった。

でも今は違う。朝に走って、体を動かして、季節の食べ物の意味を考える。それが50代の節句の楽しみ方になっている。

今日の夕飯には、手作り味噌を使った料理を作ろうと思っている。旬の野菜と一緒に、シンプルに。これも自分なりの「節句を祝う」かたちだ。

季節を「体で」感じるということ

走り終えて、帰り道を歩きながら思った。

画面越しに「今日は端午の節句です」と聞くのと、実際に外を走りながら新緑の香りを吸い込むのとでは、まったく違う。情報として知るのではなく、体ごと感じる、ということだ。

夏の暑さも、秋の涼しさも、冬の寒さも。ジョギングをするようになってから、季節の変化を体で感じるようになった。エアコンの効いた室内で過ごす時間が多いと、季節の変わり目に気づきにくい。外に出て走ることで、体が季節を知る。

その感覚が、生きていることの実感のひとつになっている気がする。

発酵食品も「体で感じる」ものだ

発酵食品を食べることも、走ることと似ている。

「腸に良い」と頭で知るより、毎日続けて体の変化を実感する方が本物だ。最初は「発酵食品って健康にいいらしい」という知識から始まった。でも続けていくうちに、体が変わっていく実感が出てきた。

腸の調子が変わった。朝の目覚めが変わった。疲れにくくなった。こうした変化は、数値では表れにくい。でも確実に感じる変化だ。

走ることと発酵食品。どちらも「続けることで、体が自然と繋がっていく」ものだと、50代になってようやく気がついた。

走ることで気づくこと

走っていると、「体で季節を感じる」ということが少しずつわかってきた。

画面越しに「今日は端午の節句です」と聞くのと、実際に外を走りながら新緑の香りを吸い込むのとでは、まったく違う。情報として知るのではなく、体ごと感じる、ということだ。

発酵食品を食べることも、似ている。「腸に良い」と頭で知るより、毎日続けて体の変化を実感する方が本物だ。

走ることと発酵食品。どちらも「続けることで、体が自然と繋がっていく」ものだと、50代になってようやく気がついた。

端午の節句の夕飯

走り終えた夜、手作り味噌を使って料理を作った。

具材は旬のたけのこと豆腐、わかめ。端午の節句らしい食材ではないかもしれないが、「今の季節においしいもの」を選んだ。

たけのこは春の食材だ。5月に入ると出盛りを過ぎてしまうが、まだ手に入る。自家製味噌で炊いたたけのこは、味噌の旨みがたっぷり染み込んで、格別においしかった。

「季節のものを食べる」という文化も、発酵と深く関係している。旬の食材を保存するための技術として、発酵が発展してきた歴史がある。たけのこの水煮、山菜のぬか漬け、野菜の味噌漬け。季節の食材を発酵で保存する知恵が、今の食卓にもつながっている。

端午の節句の夕飯に、手作り味噌で旬のたけのこを食べる。それが、50代の私なりの節句の祝い方だった。

端午の節句に考えたこと

走りながら、「節句」という言葉の意味を改めて考えた。

節句は、季節の節目に行う行事だ。1月7日(人日の節句)、3月3日(上巳の節句)、5月5日(端午の節句)、7月7日(七夕の節句)、9月9日(重陽の節句)。五節句と呼ばれる。

昔の人は、季節の変わり目に体が揺らぎやすいと考えていた。その時期に特定の食べ物を食べたり、行事を行ったりすることで、体と心を整えようとした。端午の節句に食べる柏餅やちまきも、その一つだ。

現代に生きる私たちにとって、節句の意味は薄れているかもしれない。でも「季節の変わり目に体を整える」という考え方は、今も有効だと思う。5月は春から夏への移行期だ。体が変化に対応しようとしている。そんな時期に走って体を動かし、発酵食品で腸を整える。それが私なりの「現代の節句の養生」だ。

これからの季節と走ること

5月5日を過ぎると、季節は一気に夏に向かっていく。

6月には梅雨が来る。雨の日が続くと、走る気力が落ちる。蒸し暑くなって、体への負担も増える。

それでも、走り続ける。梅雨の晴れ間を見つけて走る。夏は早朝に走る。季節に合わせて、走り方を変えながら続ける。

走ることも、発酵食品も、季節を問わず続けることが大事だ。夏だから食欲がない、梅雨だから走りたくない。そういう理由を一つ一つクリアしながら続ける先に、体の変化がある。

端午の節句の朝に新緑の中を走れた。この気持ちよさを忘れずに、次の季節に向かいたい。


今日も走れた。端午の節句の朝に、新緑の中を。50代の私にとって、それが一番の祝い事だ。

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。