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アマタ・チョンブリ、三日目。雨と牛肉と、テンダーロインの話。


朝6時25分。カーテンを開けると、外が暗い。

雨だ。

スコールのような激しさで叩きつけてきたかと思えば、ふっと弱まる。また強くなる。止みそうで止まない。熱帯の雨は、こちらの都合などお構いなしだ。空気はどんよりと重く、湿気がまとわりついてくる。日本の梅雨のじめじめとも違う。もっと濃い、押しつけてくるような暑さと湿度が混ざり合った、独特の息苦しさがある。「出るか、やめるか」。窓の外を眺めながら、少し迷った。

結局、今日は外に出るのをやめた。

身体を動かしたい気持ちはある。でも、雨の中を無理に歩くのは違う。今日は朝食に早めに向かうことにした。

雨の朝食。観察は続く

バイキング形式の朝食は、昨日と変わらない。

でも、見る目は変わってくる。三日目になると、細かいところがより気になってくる。今日は料理の補充タイミングをじっと見ていた。やはり空になってからの補充であった。残念である。

食べながら、今日の仕事を頭の中で整理した。

午前の仕事

3カ国のお肉の仕込みと保存方法の指導。

アメリカ産、ニュージーランド産、オーストラリア産。三カ国の肉が並んでいた。和牛はない。おそらくコストの問題だろう。この規模の施設で和牛を使うのは現実的ではない。それはわかっている。3カ国の肉でも、それぞれに個性があり、使いこなす価値は十分にある。

肉の下処理は、基本通りだった。

余分な脂を取り、筋を処理する。手順は合っている。丁寧さもある。スタッフは真剣に取り組んでいた。その姿勢は素直に評価できる。

ただ、一つ気になることがあった。

ワンポーションでカットして、一枚一枚真空し冷凍保存するのだ。

売上の観点からは仕方がない面もある。お客さんが来ない時間帯が多いという現実がある。あらかじめカットして準備しておく。その判断は理解できる。でも、カットした肉を冷凍し注文が入り流水で解凍すると旨み成分を含んだエキスが出てしまい味が落ちる。食感も変わる。食べたときの満足感が、確実に下がる。

「そこをどうするか」が今後の課題だが、予約数が少ない、または無い状況では仕方がなく、カット保存が好ましいと判断した。

焼き手への指導。東京スタイルで技法を伝授する。これは非常に難しい。なぜなら、各焼き手はそれぞれバンコクでの経験があり、癖が染み付いている。そこを根本から修正するのだから。

今日は野菜から入った。6種類、7種類の野菜をまず焼く。それからお肉に移る。この順番には意味がある。胃への負担を抑えるため、まずは野菜のような優しいものから体に入れる。そこから魚類、肉類と進んでいく。また、火の通り方を覚えることで、肉の焼き加減への応用が生まれる。野菜は正直だ。焦げ方、縮み方、香りの出方が、すべて目に見える。その感覚を身につけてから肉に向かうと、理解が深まる。

ただ、この焼き手への指導は、なかなか難しかった。

表情が硬い。「わかりましたか」と聞いても、返事が薄い。飲み込んでいるのかどうか、霧の中を手探りするような感覚だ。こちらが話しかけても、ただじっとしている。

私自身が2回、3回と実際に焼いて見せた。言葉より、手と火と煙で伝えた。それが目に入っているはずだ。理解しているかどうかはわからない。でも、見ていた。それで十分だと思うことにした。

午前中に見たのは2人。

終わったのは11時20分。本来の休憩は11時だった。20分オーバーしてしまった。申し訳ないという気持ちはある。一つ一つ丁寧にやりすぎたかもしれない。スピードと丁寧さのバランスを、次は意識したい。

ランチ。タイのスーパーと、タイ料理

12時15分、Tさんと一緒に外へ出た。

まず向かったのは、この辺りのスーパーマーケットだ。日本でいうイオンのような、大型の生活スーパー。タイの日常の食材が並んでいる。野菜の種類、調味料の種類、鮮魚の並べ方。発酵食品コーナーには、ナンプラーの瓶が何十種類も並んでいた。日本の醤油売り場に似た雰囲気だが、香りが全然違う。魚の発酵した、複雑な旨みの香り。嫌いではない。むしろ、好きだ。

このスーパーを見るだけで、タイの食文化の奥行きがわかる。

その後、タイ料理のレストランでランチをいただいた。

パパイアのサラダ(ソムタム)が出てきた。青いパパイアを細く刻んで、ライム、ナンプラー、唐辛子、ピーナッツで和えたもの。酸っぱくて、辛くて、さっぱりしている。指を使って食べる料理もあった。タイの食卓は、手と口と全身で感じるものだ。

イカを頼んだつもりが、出てきたのはエビだった。タイではよくあることだそうだ。これはこれで悪くない。エビは甘辛く、旨みがある。タイ料理の「甘い・辛い・さっぱり」の組み合わせは、何を食べても外れがない。

タイ料理は、発酵食品の宝庫だ。ナンプラー、カピ(えびみそ)、発酵した野菜。どこを食べても発酵の旨みがある。日本の食卓と根っこが似ている気がする。

午後の仕事。テンダーロインが笑顔をつくった

午後は再び調理の現場へ。

今日のメインは、焼き手の技術練習だった。エビ、テンダーロイン、野菜と続けていく。

エビは大きなブラックタイガーを使った。まず私が東京スタイルで実演した。殻をむいて、背ワタを丁寧に抜く。トングでくるりと回しながら立てて焼く。バターは使わない。塩胡椒で下味をつける程度に仕上げ、そのままサーブする。シンプルだが、それが素材を生かす。

先ほどの焼き手にも、同じ手順を実践してもらった。

手は動いている。手順は追えている。でも、果たして本当に身に入ったのだろうか。私がここを離れたら、元のやり方に戻るだろうな、という気持ちが正直あった。それが現地の現実でもある。

その後、テンダーロイン(ヒレ肉)に移った。

ここでも私が先に手本を見せた。焼き加減と焦げ目のつき方。表面にしっかり色をつけて、中に旨みを閉じ込める。火から外したら少し休ませる。それから包丁でカットする。大きさはひと口サイズ、サイコロ状に切り揃える。盛り付けも含めて、一連の流れをすべて見せた。

焼いて、休ませて、切って、みんなに食べてもらった。

反応が違った。

「おいしい」「もっと食べたい」。そういう声が、あちこちから上がってくる。サーロインのテイスティングのときとは空気が違う。テンダーロインは柔らかく、脂が少なく、噛むごとに旨みが広がる。スタッフにも、この肉の良さが伝わった。

結論が出た。

「サーロインよりテンダーロイン(ヒレ肉)で進める」。今後のメニュー展開は、この方向でいく。一つの大きな決定だった。

夜、オーナーへの実演

夜6時ごろ、オーナーが来た。本来は19時の約束だったが、1時間ほど早い到着だった。

オーナーの前で、改めて調理を見せた。

エビは東京スタイルで仕上げた。背ワタを丁寧に抜き、トングでくるりと回して立てる。バターは使わず、塩胡椒で下味をつける程度。シンプルに、素材そのままの旨みでサーブした。オーナーも、スタッフも、静かに見ていた。

食べてもらった。

言葉は少なかった。でも、表情が語っていた。それで十分だった。

送別会へ

仕事が終わった後、懇親会が開かれた。

今回の出張でお世話になった方々と、一緒に食卓を囲む。タイの夜は蒸し暑い。でも、人が集まると不思議とその暑さが気にならなくなる。料理と、笑顔と、言葉が、テーブルを温めてくれる。

こういう時間が、出張の記憶として一番残るものだ。

今日の体の状態

胃腸の調子は変わらずいい。

タイの食事が身体に合っている。野菜が多く、発酵の旨みがある。ナンプラーの香りが、腸に優しく働いている気がする。出張の疲れを、食事が支えてくれている。

明日の朝は晴れてほしい。走れる気がしている。

アマタ・チョンブリの三日目が、終わった。


料理は言葉を超える。テンダーロインの前で、みんなが笑顔になった。

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。